写真家・榎並悦子さんの作品展「APATANI STYLE」が9月28日から東京・新宿のニコンプラザ東京 ニコンサロンで開催される。榎並さんに聞いた。
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「女性が醜く見える奇習が伝わる民族」
インド北東部、アルナチャルプラデシュ州に暮らすアパタニ族は長年、そんな偏見に満ちた紹介をされてきた。
それに対して、榎並さんはこう語る。
「近隣の民族に女性が誘拐されるから、それを防ぐために鼻栓と刺青をして醜く見せる、という説がまことしやかに広まっているんですけれど、地元のみなさんは、そうじゃないって。アパタニの女性は自分を美しく見せるために鼻栓と刺青をした。それは自分たちのアイデンティティーなんだ、と」
これまで写されてきたアパタニの女性は「奇習」を強調しようとする意図が透けて見えるいやらしい感じがする写真が少なくないが、榎並さんの作品に写るアパタニのおばあさんたちの姿は明るく穏やかで、見ていると心が和む。
■思いがけない年賀状
榎並さんがそんなアパタニ族のことを知ったのは2016年。
「古い言葉でいうとネットサーフィンで、この『ノーズプラグ』(欧米では一般的にこう呼ばれる)、鼻栓の人たちのことを知ったんです。これは何だろう、と思って」。
しかし、アルナチャルプラデシュ州は中国と国境を接する政治的に微妙な地域。インドが実効支配しているものの、入域許可証がなければ訪れることはできない。
「行ってみたいな、と思いましたけれど、実際に行くのは難しそうだった」
ところが年明け、思いがけない年賀状が届いた。
「そこに『お正月過ぎからアルナチャルプラデシュに出かけます』と書かれていたんです。えーっ、こんなことがあるんだ、と思って。ブータンの専門家、脇田道子さんだった。早速、連絡をとって、いろいろ教えてもらい、入域許可証がとれた。すごくラッキーなことに、最初からすんなりと入れた」
初めてアパタニ族の暮らすジロ谷を訪れたのは17年3月。春とはいえ、まだ寒い季節。標高約1600メートルの盆地には田んぼが広がり、村が点在していた。
歩いていると、田起こしをしている女性たちに出会った。「耕運機もなく、全部手作業。しかも完全に無農薬で」。青葉萌ゆる田植えの季節が思い浮かんだ。写真には、昔の日本の農村を見るような懐かしい風景が写っている。
「ぜんぜん、インドじゃないみたいですよね。私も、ときどき忘れるんですよ、ここがインドだということを。村を離れて帰る途中、アッサム地方の紅茶畑を通るとき、(そうだ、私、いまインドにいるんだ)と気づく、みたいな」