■「えっ、ふつうに鼻をかめる?」
さらに驚いたことに村のあちらこちらに掲げられた旗は「遠目には日章旗そっくりで、日本のお正月の風景を思い出した」。
そんな風景のなかを、インターネットで見つけた、あの鼻栓の人がふつうに歩いていた。
「最初はやっぱり、カメラも出すのもちょっとおどおど。撮っていいのかな、という気持ちがあったんです。でも、少しお話しをして打ちとけると、みなさん気さくに撮影に応じてくれた。あと、顔が似ているから、どの家を訪れても、親戚の人、みたいな感じで。『顔がいっしょだね』という話になって(笑)」
ちなみに、この鼻栓について、大きな勘違いをしていたことに現地を訪れてから気がついた。
「実はこの鼻栓、鼻の穴にしていると思っていたんです」
「えっ、ぼくもそう思っていたんですけど、違うんですか?」
「小鼻、ここですね」
そう言うと、榎並さんは鼻の脇を指さした。
「最初、寝るときも鼻栓をしていると言うから、息をするのも大変だと思った。じゃあ、鼻をかむときはどうするの? と聞いたら、ふつうにかめると言う。えっ、なんで、となって。ようやく勘違いしていたことに気づいた」
アパタニ族の女性は子どもころ、小鼻に穴を開け、黒く焼いた木栓を詰める。
「木栓は大きい方が美しいから、成長とともに、徐々に大きくしていく」
ところが1974年、この風習は地域の後進性の象徴と見なされ、禁止されてしまった。
「だから、鼻栓と刺青をしている女性は55歳ぐらいよりも上の年配者だけなんです。20~30年先には確実にいなくなってしまう」
■生贄に舞い降りる白い花びら
アパタニ族の村にはさまざまな伝統文化が息づいている。その一つに、「ミョウコウ」という春の祭りがある。
「日本でいうと、祇園祭みたいな感じで、1カ月間もやる大きな祭りなんです」
夜明け前から火がたかれ、儀式が始まる。豚や鶏、犬が神にささげられ、繁栄と豊作が祈られる。生贄の動物に舞い降りた桜に似た白い花びらが印象的だ。
祭りのハイライトは、「ナゴ」という小屋に神霊を招き入れる儀式で、その際、赤ん坊も含めてすべての男たちがササを手にしながらホゥホゥと叫びながら村内を練り歩く。一心不乱にササを振る姿に、ここに暮らす人々がいまなお神話の世界に生きていることを強く感じる。