■「差別」思い込み 都合良く上書き


逮捕前の2014年3月、報道関係者に囲まれ質問に答える (c)朝日新聞社
逮捕前の2014年3月、報道関係者に囲まれ質問に答える (c)朝日新聞社

 この親族から受けたという「差別」を、なぜか被害者からの仕打ちと混同していた。「それは違うでしょう」と指摘すると「そうやね。(被害者に)恨みはないもんね」とその場では理解はするものの、しばらくするとまた元に戻ってしまう。

 これは逮捕後の取り調べでも同様だったという。大阪府警のベテランは「千佐子にとって結婚後の記憶が強すぎるせいか、それがなぜか被害者への殺害理由になってしまっていた」と不思議がっていた。

 自らの罪について、被告は「目先のことしか考えていなかった」と言う。取り返しのつかないことをしたとの自覚はある被告にとって、ターゲットにした被害者から「差別された」と思い込むことで、精神の安定を保とうとしてきたのかもしれない。それは年月とともに被告の中で都合良く「真実」へとねじ曲がり、記憶が上書きされていったのだろう。

 進学や結婚など、彼女は思うように人生を歩めなかったとの強い悔恨を抱き続けていた。「本当はもっと別の人生があったはず」との悔しさや無念さが、「差別された」という一言に凝縮されているように私には思える。極端な投資に走り、失ったカネを取り戻そうと奔走する姿は、被告自身の人生を取り戻そうとする焦りのようにも見えてくる。彼女が「後妻業」で受け取った遺産総額は10億円を超えたと見られているが、逮捕時に預金はほとんどなかった。

 7月に死刑判決が確定し、被告は死刑囚となった。このまま拘置所の中で大好きなおしゃべりもできず、「泡となって消えたい」という自身の言葉通り、虚無感とともに人生を終えるのだろう。

 最後の面会でやりとりが許されたのは15分。別れの際、私は「体に気をつけて」と言うほかなかった。被告は「ありがとう。また会いましょう」とほほえんで手を振り、面会室を出ていった。

 もうそれはかなわないと、彼女は分かっていただろうか。(朝日新聞記者・安倍龍太郎)

記者が被告との面会と、一審の裁判員裁判の取材をもとにつづった「筧千佐子 60回の告白」(朝日新聞出版、18年7月刊)
記者が被告との面会と、一審の裁判員裁判の取材をもとにつづった「筧千佐子 60回の告白」(朝日新聞出版、18年7月刊)

週刊朝日  2021年9月3日号

暮らしとモノ班 for promotion
疲労回復グッズの選び方は?実際に使ったマッサージ機のおすすめはコレ!