■何人を殺めたか 自分も分からず

被告が何人を殺(あや)めたかは謎のままだが、少なくとも元夫や交際相手だった計12人が亡くなっている。死因の多くは「病死」。高齢で持病のある人が多く、急死しても当初は事件性を疑われることはなかった。交際中から遺産を被告が受け取る旨の公正証書遺言を書いてもらったケースもあった。
面会で、私は亡くなった人たちのことを繰り返し話題にした。元夫や交際相手の写真を持参し、アクリル板越しに見せたこともある。
「この人は不動産王やね。とにかくいっぱいお金を貸してくれた」「この人も良い人。お金持ちやったわ」。印象的だったのは、相手によって記憶に濃淡があったことだ。彼女にとって「良い人」とは経済的に裕福な人だった。そのほかの男性たちについては「真面目な人や」「健康オタク」「フレンドやね」などとあっさり言うのみ。愛情めいたものはまるでなかった。
一方で被告がのめり込んでいたのがリスクの高い先物取引だった。損失を重ねるほど、カネを取り返そうとの焦燥感に駆られ、さらに損失を膨らませていく。07年ごろには、3億円の損失を出していたことも裁判で明らかになった。
交際相手らから大金を預かるものの、結局は投資で失ってしまう。返済を求められると、今度は別の相手から預かった大金をあてる。被告は次のターゲットを探さなければならない。そのためには結婚もする。自転車操業の連続だった。こんな綱渡りのような生活で、一人ひとりに異性としての愛情を持つ余裕など、あるはずがなかった。
何人を手にかけたのかは、自分でもよく分からないようだった。
京都拘置所での面会で、被告が犯行に使っていたとされる健康食品のカプセルを持参したことがある。同じ健康食品を買い求め、被告に見せて反応を観察しようと考えたのだ。被告は少し驚きながら、「へぇー、懐かしいね」と笑みを浮かべた。自身も友人に勧められ、健康食品を飲み続けていたという。「青酸を混ぜていたのはこのカプセル?」と水を向けると、被告の表情からスッと笑顔が消えた。「……これで殺したとは言いたくないし、でも使っていないと言えばうそになるね」