手打ちをやるとなると、1日に提供できるラーメンは70~80食ほど。そこから考えると、家賃は15万円以内に抑えなければ採算が合わない。自分一人で切り盛りするなら、広さは5~10坪ほどがちょうどいい。イメージは固まったが、条件に合う物件がなかなか出てこなかった。さらに、試作にも時間がかかり、かなりの準備期間を要してしまった。

 結局、今の亀有の物件に出会ったのは、物件を探し始めてから2年後だった。しかも家賃の条件が厳しかったため、もう少し杯数を出せるように工夫しなくてはならなくなった。そこで考え出したのが、“手打式”という、手打ちと機械を併用して麺を打つ方法だった。これで1日100食を確保できるようになった。

「当時、手打ちの中華麺を作ろうと思っても、打ち方の情報はほぼゼロでした。そこで、まずはうどんの打ち方を学び、そこにかん水を入れて中華麺にしていきました。うちの麺は加水率が55%ぐらいあって珍しいとよく言われますが、うどんは加水率50%は当たり前の世界。うどん作りからの流れでいうとごく自然だったんです」(白岩さん)

 加水率とは、麺を作る際に小麦粉100に対する水の比率のことをいう。中華麺は加水率30~35%が一般的とされているが、「ののくら」の麺は55%という“超多加水麺”だ。極太でモチモチしていて、手打ちならではの縮れ感が特徴だ。こうして生まれたのが“手打式超多加水麺”だった。

地方の懐かしさを感じる麺に、東京のど真ん中でも勝負できる研ぎ澄まされたスープがおいしい(筆者撮影)
地方の懐かしさを感じる麺に、東京のど真ん中でも勝負できる研ぎ澄まされたスープがおいしい(筆者撮影)


「ののくら」は17年にオープンした後、いきなり人気店になった。ツイッターでオープンの3カ月前から店の内装作りをアップしていたこともあり、開店前から注目が集まり、初日から行列ができたという。何より“手打式超多加水麺”がパワーワードになった。地方の懐かしさを感じる麺に、東京のど真ん中でも勝負できる研ぎ澄まされたスープ。まさにここにしかない一杯だった。

 手打式の麺は温度や湿度の調整が難しい。梅雨の時期は加水率を下げないとスライム状になってしまうという。ロットによっても麺の仕上がりに多少違いがあるので、毎回茹で方を調整する。

「日々『なんでだろう?』の連続です。それを楽しめないと続かない作業です。失敗がチャンスになるんですよね。その対処法から新たなヒントが生まれて、またラーメンが美味しくなる。現場での発見がすべてです。店主が現場にいると奇跡が起こるんです」(白岩さん)

 翌年18年にはミシュランガイド東京でビブグルマンを獲得。現在では食べログでも全国3位(2021年8月6日現在)と不動の人気を保っている。個人店の良さを維持したいとメディアの取材は基本的に受けていないが、名店店主の愛する一杯を数珠つなぎで紹介する本連載のテーマに共感していただき、特別に話を聞かせてもらうことができた。

「ののくら」店主の白岩さん。店主が現場に立つことを大切にしている(筆者撮影)
「ののくら」店主の白岩さん。店主が現場に立つことを大切にしている(筆者撮影)


「あがら」の阪上さんは、「ののくら」のような記憶に残るラーメン作りを目指している。

「店主の雰囲気や店の空気感が好きです。すべての仕事が丁寧で素晴らしいと思っています。感動する店はたくさんありますが、そのなかでも記憶に残る一杯ですね。うちもそういうラーメンを目指していきたいです」(阪上さん)

「ののくら」の白岩さんは、首都圏で地方色を取り入れたラーメンを提供する価値についてこう語る。

「東京は情報が多すぎて、正解を求めがちなところがあります。結果、東京のラーメンは似たり寄ったりになってきている感覚があります。一方、地方のラーメンは面白い。その振れ幅の違いにオリジナリティーが出てくると思っています。『あがら』さんのように地方の良さを伝えてくれる店は本当に貴重だと思います」(白岩さん)

 店主が何を作りたいか。そしてそれをどう自分らしく仕上げるか。二人のラーメンにはそれがしっかり見えていた。店主の顔が見える一杯はやっぱり良い。(ラーメンライター・井手隊長)

○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho

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