広電の復刻単車100型は「大正元年電車」と呼ばれている。当初は白島線、その後は江波・横川線で定期運転されていたが、現在はイベント用になっている。千田車庫(撮影/諸河久:1986年11月26日)
広電の復刻単車100型は「大正元年電車」と呼ばれている。当初は白島線、その後は江波・横川線で定期運転されていたが、現在はイベント用になっている。千田車庫(撮影/諸河久:1986年11月26日)

広島市内で活躍する単車たち

 広島電鉄(以下広電)が1984年に広島県で展開された「Sun Sunひろしま」観光キャンペーンの一環として、1912年(大正元年)の広電開業時に登場した路面電車を模造復刻した。冒頭の写真が広電100型で「大正元年電車」の愛称で呼ばれている単車だ。その後、高知や函館に同様の復刻単車が登場していることから、100型が復刻ブームの先鞭を切ったことになる。

 一見して木造の車体に見えるが、前述の函館市と同様、運転保安基準を満たした半鋼製車体で、腰板には溝入の鋼板、内装には楢材、木目入りアルミデコラ材を天井板に使うなど、木造車の雰囲気を醸成している。車体の製造は大阪車輛工業が担当し、台枠と主要機器は県立交通公園に保存されていた150型157号から転用している。自重9.7トン、定員46(26)名でエアーブレーキを装備。オリジナルの100型はブリル21E型単台車を装備した高床式単車だったが、現車は150型の日本車輛製S-12型低床式単台車(軸距2591mm)を流用しているので、床面が低くなった。
「ひろでんの日2020」のイベントで久々に営業線を走る広電156号低床式単車。往年のツートンカラー塗装が懐かしい。(撮影/寺師新一:2020年11月23日)

「ひろでんの日2020」のイベントで久々に営業線を走る広電156号低床式単車。往年のツートンカラー塗装が懐かしい。(撮影/寺師新一:2020年11月23日)

 次のカットが2020年11月23日に開催された「ひろでんの日2020」のイベントで、整備保存されてきた150型が復籍から33年ぶりに営業線を走った一コマだ。この156号は1971年に廃車後も江波車庫で保管されていたが、1987年に車籍を復活しており、復活運転が待たれていた貴重な単車だ。ちなみに、156号は1930年日本車輛製で自重10.1トン、定員58(26)名。台車はS-12型低床式単台車でエアーブレーキを装備。原爆で被災して復旧後、1952年に新車体に換装している。

重用文化財に指定されている高知城天守閣を横目に見て、伊野線鏡川橋行きの「維新號」が走る。県庁前(撮影/諸河久:1988年8月21日)
重用文化財に指定されている高知城天守閣を横目に見て、伊野線鏡川橋行きの「維新號」が走る。県庁前(撮影/諸河久:1988年8月21日)

土佐の高知を走る「維新號」

 1984年に開業80周年を迎えた土佐電気鉄道(現・とさでん交通/以下土佐電)が記念行事として1905年製の7型の復刻に着手した。

 最初の写真は、山内候の居城であった高知城天守閣の眼下を鏡川橋行き復刻単車が走り去るシーン。この単車は1984年11月に竣工した7型で「維新號」と命名された。前掲の広電100型に次ぐ復刻車で、特徴ある二段屋根や腰羽目など明治期の風貌が見事に再現されている。車体の製造は広電100型を手掛けた大阪車輛工業で、半鋼製の車体を木造車と錯覚するほど上手に仕上げられている。
 

次のページ
人気を集めた復刻車