俊樹さんは、撮影した写真について、「倒れてから、変わった部分がいろいろありまして」と言う。
昔から沖縄やハワイが好きで、美しい光や神々しい光景をカメラに収めてきた。
そんな作品を2011年に開催した写真展「Holy light Daily sight」で展示した。
いま、それを振り返ると、「『きれい』『かっこいい』とか、そんな感じの撮り方をしていた」と言う。
ところが、「倒れてからは何でも撮るようになった。まあ、失語症だからということもあるのかもしれないけれど、言葉にできないものって、いっぱいあるじゃないですか。そういうものが見えるようになってきた。『きれい』『汚い』とか、関係なく撮っていいな、と」。
■以前は「褒められたい写真」だった
毎日のリハビリ生活中、病室の床や、ハンガーにつるした服にレンズを向けた。足が動くようになると、病院の中でも歩いていくところはそれなりにあった。
「朝からスマホで。光がかっこいいな、くらいで、何でもないところを撮った。なんか面白い、これも撮らなきゃ、と。何のために撮っているのか、わからないけれど、撮るしかない、という感覚だったんでしょうね」
倒れてから約半年後、治療が通院に切り替わると、その行き帰りに撮影した。
「最寄り駅から病院まで20分くらい。体力も戻ってきて、そのころはなんとか一眼のカメラも使えるようになってきた。帰りは時間があるので、20分と言わず、もっと離れたところまで行ったり、もうひとつ向こうの駅まで歩いたり」
俊樹さんが撮りためた写真をまとめ、初めて「失語症」の個展を開いたのは18年。その後、写真展をシリーズ化して開催し、写真集も出版した。
「失語症」以前から俊樹さんの作品を知っている人からはこんな言葉をかけられた。
「写真がすごくよくなった。前はなんか、『人から褒められたい写真』だったけれど……」
■いまの僕にしかできないこと
瑞恵さんは夫が脳出血で倒れ、「あいうえお」から始まったリハビリ体験をつづった『ウチの失語くん』(ボイジャー・プレス)を出版した。その表紙にはカメラを手にした俊樹さんのイラストが描かれ、「いまの僕にしかできないことがあるから」と、言葉が添えられている。
そこにはこんなシーンがある。読み書きはまだおぼつかないものの、少しスムーズに話せるようになったころのこと。瑞恵さんは俊樹さんに「これから先の人生で、何がしたいの?」と、たずねた。
すると、こんな言葉が返ってきた。
「えっと、いい写真をいっぱい撮りたい」「それと、知り合いの写真家の皆さんを、おーうーえーんしたい」「あと、まだ知らない写真家も、おーうーえーんしたい」「それから、写真をおーうーえーんしたい」
(文=アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】加藤俊樹写真展「失語症」
ギャラリーソラリス 5月11日~5月16日