「自然じゃないものは美しくないの?」。その答えを探すために足尾の山に通った
ところがある日、そんな片山さんを根底からぶち壊す人間が現れた。3年前に生まれた娘だ。
「娘には本当にウソが通じないんですよ。だから、(ああ、ウソをついている)、みたいに。そんな自分がこっけいに、つまらなく見えてしまって。そこまでつくり込まなくてもいいんだ、ここまで武装しなくてもいいんだ、と」
すると、それまで「素材としてしか見られなかった自分の体を、ほんとうに被写体として受け入れてみよう」、そう思えるようになった。撮るときも「身構えなくなりましたね」。
それが「片山真理さんが岩になっていく、みたいな感じで撮った(笑)」、もう一つ展示作品。「自分の体を、山を撮ったときみたいに写しています」。
インスピレーションの源となったのは地元、群馬県に近い足尾銅山跡を囲む山々。かつては精錬所から排出された亜硫酸ガスなどによってはげ山となった。それが数十年におよぶ緑化活動によって生命の営みを取り戻した。片山さんはその山の姿に「すごく親近感を感じる」と言う。
子どものころから、「自然は最高だね、美しいね」という大人の言葉にずっと疑問を抱いてきた。
「私たちがいいね、っていう自然の多くは、実は私たちのご先祖様がこつこつとつくり上げてきたもの、人工のものなんです」
まったくそのとおりで、日本の山林は昔、建築材料や燃料用として大量に伐採され、原生林はほぼ消滅した。いま私たちが目にする山の緑のほとんどは再生林だ。
「自然って何?」「自然じゃないものは美しくないの?」。その答えを探すために片山さんは「人工的な力で歪んでしまった」足尾の山に通った。
この作品はそんな山のイメージに「ふつうとは違う形の自分の体を重ねたもの」。「cannot turn the clock back」というタイトルは、時間を戻すことはできない、という意味だ。
公害を肯定するつもりはない。しかし、「それはすでに起きてしまったこと。それがいま、そうなった形として、そのものらしく存在している」。それでいいじゃないか、と。
これまで片山さんの作品には心の闇が輝いていた。それをじっと見つめたとき、湧き上がる複雑な感情。共感と嫌悪。私も含めて、人はみな心に闇を抱いている。
これから片山さんは、以前とは違うかたちで作品に自分の姿をさらけ出していくと思う。
かつて、「やばかった」と語る彼女がいた。「でも、そのころの自分があったから、よかったことがたくさんある」と、口にできるまでになった。
そんな言葉と足尾の山によみがえった森の緑が重なった。
(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】
「第45回木村伊兵衛写真賞受賞作品展 片山真理写真展」
ニコンプラザ東京 THE GALLERY 1月19日~2月1日開催。
ニコンプラザ大阪 THE GALLERY 2月25日~3月10日開催。
※新型コロナウイルスの影響で開催日時が変更になる恐れもあります。詳細は会場に直接ご確認ください。