写真家・高井博さんの作品展「じゃぬけ」が12月1日から東京・新宿のニコンプラザ東京 ニコンサロンで開催される。高井さんに聞いた。
「じゃぬけ(蛇抜け)」というのは、大雨によって山の斜面が一気に崩壊し、流れ下る土石流のこと。昔は大蛇のしわざとされ、こう呼ばれてきた(地方によっては「蛇崩」「蛇喰」とも)。
作品の舞台となったのは高井さんの自宅のある兵庫県丹波市市島町。京都府に接するこの町は「平成26年8月豪雨」によって引き起こされた土石流で甚大な被害を受けた。写真はその復興の歩みを淡々と追った記録である。
雨が降り始めたのはお盆直後の2014年8月16日だった。最初は「そんなに強くならないだろうと思ってね」と、高井さんは言う。
ところが、夜半から「スコールみたいな雨に。雷が鳴って、怖かったですわ」。棚田の一角にある家の前の道路は濁流と化し、茶色い水がどんどん押し寄せてきた。
「これはえらいことになったなと。長いこと水害がないところでしたから、水路には土砂が溜まって、ほとんど壊れかけていた。そういうところに水がどっときたので、もうどうしようもない感じでしたね」
雨雲の列が次々に発生し、滝の中にいるような状態がずっと続いた。高井さんの家の床下にも水が流れ込み、となりの農作業小屋は完全に浸水した。
午前3時半、丹波市は県に自衛隊の派遣を要請。夜明けとともに救助活動が始まったが、町内では土砂崩れに巻き込まれた1人が亡くなった。周囲を見渡すと、目に入るほぼすべての沢が「じゃぬけ」によって深くえぐりとられていた。
生々しい災害復旧の現場も撮影したけれど
作品は「まんじりともしない夜が明ける」とある写真から始まる。
「被災直後から撮り始めたんですか?」と、高井さんにたずねると、「これは、(後で撮影した)イメージ」と言う。
「まずは生活。夏やから泥がすぐ腐るんですよ、異臭がしてね。とにかく、農作業小屋だけはなんとか泥を取り除かないとならなかった。県や市が災害復旧に来てくれたので、その合間を見て、ちょこちょこ撮った感じです」
雨が降りやんだ後も道路を流れる濁流や、生々しい災害復旧の現場をカメラに収めた。
「見ると、すごいって思うような写真。でも、作品にはしなかった。今回の写真展は、災害を訴えるとか、そういうものではないからね」
作品に写るのは、水に浸かった特産品の大納言小豆の苗、土砂がなぎ倒した稲、押し流された腐葉土など、地味なものばかりだ。
それがモノクロの正方形のフォーマットと相まって、静寂な美しさを感じさせ、目が引きつけられる。そんな危うい美しさを感じてしまう自分に戸惑い、写真を凝視してしまう。そんな感じだ。
「この大納言小豆はとなりの家の畑。全部やられましたね。倒れた稲は私が耕作していた田んぼです。嫁さんと二人で稲を干した写真もあるけれど、そういう『お涙ちょうだいみたいな写真』はいらんぺいや、と思って、外しました」