だからといって、衝撃的な写真だけで物事を伝えないのも林の良さだ。『ヤズディの祈り』を出版した赤々舎の姫野希美は、分かりやすさをあえて提示しないところに共感する。
「ジャーナリズムは物事のピークを切り取り、分かりやすい写真を提示しがち。でも、それではインパクトのある部分に目がいってしまい、物事の複雑さや多面性が伝わらない。一緒に写真集を作ると、あえて衝撃的な写真を外したりする。そうして出来事の全体像を浮かび上がらせるのが彼女のやり方です。それが、被写体の人生を丁寧にすくい取ることにもつながるんだと思います」
「複雑なものを複雑なままに伝える」
あえてインパクトのある写真を排する意味を林はそう表現する。そこには、センセーショナルに伝えることで物事を単純化しがちな既存メディアへの疑問がある。世の中の事象は、白か黒かすっきり割り切れないもののほうが多い。だから林は、時間をかけて全体像を捉えようとする。
(文中敬称略)
■はやし・のりこ
1983年 11月、神奈川県川崎市に生まれる。両親と妹の4人家族。父は家族の写真を撮るのが趣味。母方の祖母は学生時代、台所に暗室を作り写真を現像するなど写真好きだった。
2004年 昭和女子大学短期大学部を卒業し、8月、米国ジュニアータカレッジ(ペンシルベニア州)へ編入。国際政治学、紛争・平和構築学を学ぶ。
06年 5月、アフリカ政治の担当教授が募集していたガンビアでの研修に参加。プログラム終了後に滞在を延長し、新聞社「ザ・ポイント」でカメラマンとして3カ月働く。
07年 1月、米国の大学に復学。5月から7月まで再び「ザ・ポイント」で働いた後、大学へ戻る。12月に卒業。
09年 11月、カンボジアのアンコール・フォト・フェスティバル&ワークショップに参加。
10年 7月から3カ月間、パキスタンで硫酸の被害に遭った女性を取材。翌年、組み写真「硫酸に焼かれた人生~ナイラとセイダの物語」で名取洋之助写真賞を受賞。
11年 独・シュピーゲル誌の依頼で、東日本大震災の被災地取材を始める。
12年 7月、キルギスの誘拐結婚(アラ・カチュー)を取材。5カ月の間、誘拐結婚した人々の家に泊まり込みながら実態を撮影する。
13年 8月、北朝鮮の日本人妻の取材を開始。
14年 6月、写真集『キルギスの誘拐結婚』(日経ナショナル ジオグラフィック社)を出版。
15年 2月、イラクでダーイッシュ(イスラム国)に故郷を奪われた少数民族ヤズディを取材。11月、オランダの世界報道写真財団が主催するワークショップ「ジョープ・スワート・マスタークラス」に世界の若手ドキュメンタリー写真家12人の一人に選ばれて参加。
16年 12月、写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)を出版。
17年 5月、『ヤズディの祈り』が山本美香記念国際ジャーナリスト賞。
19年 6月、『フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」-60年の記憶』(岩波新書)を出版。
20年 キルギスのナリン川沿いに暮らす人々の営みを記録した写真展催。イギリスの文芸誌「グランタ」で北朝鮮の日本人妻について発表。
■桐島瞬
1965年生まれ。ジャーナリスト。週刊誌を中心に活動する。主な取材テーマは、原発、災害、エネルギー、沖縄など。共著に『福島原発事故の謎を解く』(緑風出版)。
※AERA 2020年4月13日号
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