衝撃的なテーマを扱っても、一瞬を切り取ることはしない。長い歳月をかけて全体像を描き出す(撮影/小山幸佑)
衝撃的なテーマを扱っても、一瞬を切り取ることはしない。長い歳月をかけて全体像を描き出す(撮影/小山幸佑)
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 重要だが、普段あまり目に触れることがないテーマを深く掘り下げて記録し続ける。キルギス、イラク、北朝鮮。林典子が向かう先には、社会情勢や文化的背景に翻弄された人々がいる。だが、一目でわかるような写真にはあえて走らない。本質に近づくために対象に長期間密着し、あるがままの状態を写し出す。ドキュメンタリー写真家としての流儀がそこにある。

 1月下旬。早稲田大学で開かれた東アジアの和平プロセスを考える公開シンポジウムに、林典子(はやし・のりこ)(36)は講師として登壇した。林の北朝鮮での取材の様子がスクリーンに映し出されると、聴衆は釘付けになった。自ら撮影したという移動中の列車の中での乗客との交流や、日本に向けて中距離弾道ミサイルが発射された直後の都市の様子などの写真と映像が流れ続けた。

 林が追い続けているのは、北朝鮮で暮らす日本人妻。1959年から25年間にわたって、日本に住む在日朝鮮人の帰国を促す集団帰国事業が行われた。新潟港から祖国へ帰ったのは約9万3千人。その中にはおよそ1800人の日本人妻も含まれていた。高齢のためすでに亡くなった人も多いが、林は2013年から今までに12回訪朝して9人に面会。貴重な証言の数々や取材中に体験した北朝鮮での出来事を『朝鮮に渡った「日本人妻」』(岩波新書)として昨年6月に出版し、今秋には写真集にもまとめる予定だ。

 北朝鮮では常に案内人が付き添い、写真撮影を許可されない場所もある。何より取材対象となる日本人妻が心を開いてくれなければ、シャッターを押すこともできない。ほとんど取材らしい取材ができないまま北朝鮮を後にするジャーナリストもいるなかで、1万枚以上の写真を撮ってきた。それが出来たのは、時間をかけた地道な取材があったからだと林は言う。

「目指している取材を100%とすると、最初の5回ほどはほとんど写真も撮れず5%も達成できなかった。それでも6回、7回、8回と繰り返していくうちに数パーセントずつ数字が上がっていく。数字は小さいけど積み上がっていくことにとても大きな意味があって、だんだんと取材ができるようになった。その繰り返しがあったからこそ、日本人妻からセンシティブな話が出ても、案内人にインタビューを止められることがなかったんだと思う。やはり、何度も何度も取材をしていくことが大切なんだと改めて感じました」

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