普段は東京暮らし。「ニューヨーク・タイムズ」など海外の新聞や雑誌社から依頼されるニュース取材の撮影もあり忙しい毎日だが、ときおり山梨県北杜市にあるセカンドハウスで息抜き。近くには両親が住み、家族団らんで過ごす時間も(撮影/小山幸佑)
普段は東京暮らし。「ニューヨーク・タイムズ」など海外の新聞や雑誌社から依頼されるニュース取材の撮影もあり忙しい毎日だが、ときおり山梨県北杜市にあるセカンドハウスで息抜き。近くには両親が住み、家族団らんで過ごす時間も(撮影/小山幸佑)

 出版した写真集『キルギスの誘拐結婚』には、林が言う難しさが反映されている。大勢に体をつかまれて誘拐した男の家に連れこまれる女性の姿などネガティブなイメージの写真と共に、誘拐結婚後に生まれた子どもたちと一緒に幸せそうな表情の夫婦の写真もある。

 そのなかの一人ディナラは大学生のとき、知り合いの高校教師アフマットにドライブしようとウソをつかれて誘拐された。男の家には親族の女性たちが待ち受けていた。彼女たちが泣き叫ぶディナラに花嫁の象徴となるスカーフを被せる姿を撮影した。その後、ディナラは結婚を受け入れ、子どもを産む。林は結婚から1年半近くたった14年にキルギスを再訪問し、ディナラの出産シーンもカメラに収めた。

 そのディナラが言う。

「典子は誘拐結婚の伝統を知らない外国から来た人なので驚くのも当然でしょう。誘拐結婚はときに不幸な結果を招くこともありますが、私たち夫婦はとても幸せです」

 ディナラは林のことをはじめはアフマットの親類だと思ったそうだが、知らない家に連れてこられて不安な自分のことを常に気遣ってくれたことに感謝をしている。みんなが寝静まってから二人きりでいろんな話をするうちに次第に心を開いていった。いまでは、SNSを通じて他愛のないことでもやり取りをする関係になった。

■複雑なものを複雑なまま、出来事の全体像を写し出す

 イスラム国による略奪を受けたヤズディ教徒の取材では、15年から翌年にかけて4度のイラク入り。戦闘員に性奴隷として売られた女性たちにインタビューし、『ヤズディの祈り』としてまとめた。そのうちの一人、ナディア・ムラドは、イスラム国の性暴力の実態を国際社会に訴え、林が取材した後にノーベル平和賞を受賞している。

 林はなぜ、他の人が撮れないような写真を撮り、貴重なインタビューが出来るのか。

 林を早くから見いだし、『人間の尊厳』の編集担当をした岩波書店の編集者・安田衛(39)はこう指摘する。

「これだと思うテーマを探し出す力と、取材現場で時間をかけながら決定的瞬間を待つ力が優れている。それも、ただ漫然と待つわけではなく、繊細に相手の感情をくみ取りながら“その時”を待てる。それができるから、シャッターチャンスを引き寄せられるのです」

 友人で海外メディアの取材コーディネーターとして働く斎木茜(37)も、林の他人の気持ちを察する能力を評価する。

「競争の激しいフォトグラファーの世界にはアグレッシブな人が多いが、典ちゃんは仕事中に相手の気持ちをきちんと考えて行動できる。被写体のことも事前によく調べているし、現場へ行けば鋭いカンも働く。だから良い写真が撮れるのではないか」

 本人によると、取材の前には十分なシミュレーションをする。密着する相手への礼儀として、シャッターを押すときにはその場の雰囲気を壊さないように考える。だが、ひとたびその瞬間しかないと思ったときには、ひるまず写真を撮りに行くという。そうした押し引きのうまさに加えて、仕事で写真を撮るためなら1週間風呂に入らずとも平気。どこでも寝られるタフさも味方をしているのだろう。

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