■組織に苦しんだ九大時代、自宅に引きこもりがちに

 05年に九州大学へ移り、助教に就任。長いものに巻かれない広津は、10年から独立して研究室を持てることになったが、上司らに煙たがられた。

「大学の教員をしていた頃は、今思い出しても暗黒時代。大学を辞めようと思ったのは、一度や二度じゃない。業績をいくら上げてもポジションはもらえず、むしろどんどん袋小路に入っていった」

 九大そばの通関業者で働いていた妻の文代(39)とは、趣味のテニスを通じて知り合い、09年に結婚。広津が組織の中で追い詰められていく様をつぶさに見てきた文代は、「この人は取り繕うことが苦手で、相手が上司でも、率直に発言する」と前置きし、長かった夫の“不遇の時代”を振り返る。

「それなりに勉強も研究も頑張ってきて、そこそこ野心もあるのに出世も見込めない、となると鬱屈(うっくつ)するものがあったようで……。大学での嫌なことを忘れようと、センスもないのにガーデニングを始めたり、漫画の『宇宙兄弟』を大人買いしたり。あの頃の彼は、時間を持て余して引きこもり気味で、結構な頻度で家にいましたね」

 広津は、噛(か)み締めるように言う。

「ジリ貧な状況が『見返してやるぞ』という気持ちに火をつけたところはある。研究も経営も、永続していこうと思ったら、下積みはあった方がいいですよ。自分の中に軸ができるし、成功したら、その分だけジャンプアップできると思うから」

 その頃は、研究費を自力で獲得しなければならない環境だった。広津は「世の中に生かせるかもしれない」というテーマを必死に考えていたという。線虫は鋭敏な嗅覚を持つ。嗅覚が鋭い犬による「がん探知犬」が存在するなら、線虫も。そんな発想から、「線虫でがんの検査が出来ないか?」と考えるようになった。

 だが、研究を始めた当初は、がん細胞だと反応するのに、がん患者の尿だとうまくいかなかった。

 突破口を開く鍵は、豊富な研究経験がもたらした。線虫は同じ匂いを嗅がせても、濃度が高いと遠ざかり、低いと近寄っていくと、自身の過去の研究でつかんでいた。そこから広津はピンときた。

<だったら尿を薄めてみよう!>

 その読みは見事に的中。ほぼ例外なく、尿の中のがんのにおいを嗅ぎ分けた。

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