大学で講義中。「親に葛藤を抱える学生は今も多い。他大学も含め、学生たちは“健常”なはずなのに異常な部分がある」と心配する。「先生は私たちを絶対に見捨てない」と成田ラボの人気は高い(撮影/東川哲也)
大学で講義中。「親に葛藤を抱える学生は今も多い。他大学も含め、学生たちは“健常”なはずなのに異常な部分がある」と心配する。「先生は私たちを絶対に見捨てない」と成田ラボの人気は高い(撮影/東川哲也)

■無期限で支援する仕組み、アクシスを立ち上げる

 担任が登校を強要せずじっくり関係を築く努力を始めたら、男児は訪問に来る担任のために卵焼きを焼くようになった。

「彼は毎回、命を懸けて卵焼きを作る。卵焼きはどんどん美味しくなり感謝される。自尊感情が育ち、学校に行けるようになった」(成田)

 その後、男児は「自分の経験を社会に役立てたい」と思うようになる。専門学校から大学へ編入したら、クラスの半分が留学生。日本語がわからず右往左往していた。「まるで自分じゃん!」と感じ、自分から彼らに話しかけた。共感し合って仲良くなれたことを、成田に報告してくれた。

「先生、僕ね、発達障害でよかったよ」

 喉(のど)の奥が熱くなった。

「家族ぐるみで支援すればよく育つのだ」と実感した。親も変わってくれた。だが、男児はIT系企業へ就職すると、再び不具合を起こす。

「学校行けた、で終わりじゃない。無期限で支援できる仕組みが欲しい」

 そう考えてアクシスを開いた。年齢によって機関が分かれる公ではサポートできない。成田は教育、就労、再就職まで多種多様に支援する仕組みを作った。アフガニスタンで井戸を掘った故・中村哲の影響もあった。

「人の命を救うのは医療よりもまず井戸だと環境整備に乗り出した。畏(おそ)れ多いけれど、先生のようになりたいと思った」

 アクシスで臨床心理士を務める上岡勇二(46)は「親御さんを説得する力がすごい」と成田を敬いつつも、「実はけんかばかりしている」と明かす。アクシスの料金が安価なので採算が取れず、成田の持ち出しが大きい。値上げを提案するが、米国の寄付社会を見て私財をなげうつ覚悟のボスは取り合ってもくれない。

「上岡は正しい。でも、今は我慢の時なの。ただ、まわりがイエスマンばかりでは自分がブレるから彼には感謝してる」と成田は微笑む。

 もうひとり、「お母さん、それ、おかしい」と言ってくれるのが娘の佳奈子(21)だ。母と対等に話せる、天真爛漫(らんまん)な子に育った。

「自分の理想とする家庭を作ったら、自分は救われるのではないか」と考え、「子育ては自分が母にしてほしかったことをしてきた」と言う。抱きしめ、認め、自己肯定感を育んだ。

 ただひとつ、母が自分にしたことと同様なのは早寝早起きだ。幼児期からずっと夜は8時に寝かされた。確実に脳が育っていたからこそ、あれだけの心理的ストレスがありながらこころが壊れなかったと考える。学んだ脳科学の証左もあって、夜7~8時に就寝、朝4時起床の生活をさせた。

 佳奈子は母の後を追うように国立大学の医学部に合格。実家を出た今も同じ生活リズムで暮らす。

「あんたは実験台だからって言われてきました。早寝早起きをしたから今があると私も思っている。ドラマやアニメが見られなくても、友達があらすじを教えてくれたから、自分も見た気になれた。長期的な計画で育ててくれて感謝している」

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