夜8時から1時間半ほど間、若者たちは火のついたたいまつを手に飛び込んでくる村人の攻撃にひたすら耐える。彼らの顔面は振り下ろされるたいまつの煤(すす)で真っ黒になり、血に染まる。煙で充血した目が暗闇に浮かび上がる。強烈な通過儀礼だ。
「いまも毎年撮っているんですが、けが人が必ずといっていいほど出ます。煙がものすごいのでそれで倒れてしまう人もいる。一揆というか、デモ隊と機動隊との衝突みたいです」
それを至近距離から撮影する甲斐さんも必死だ。
――ピントを合わせる余裕なんてあるんですか?
「ピントは一応、合わせる努力はしています。カメラは大丈夫でしたが、ストロボは根元から折れました」
頭に当たったら軽い脳震盪が起きるくらい痛い
「手負いの熊」とほぼ同時進行で撮影したのがこの写真展のタイトルともなった「骨の髄」シリーズ。2月、秋田県美郷町で行われる「六郷のカマクラ・竹打ち」の群衆の中に飛び込んだ。

「この行事を内側から写すには撮影のみではダメなんです。『お前も竹を振れ』と言われて、ビビりながら竹を振り下ろし、それから撮影しました」
諏訪神社の参道を境に南軍と北軍がぶつかり合い、長さ5、6メートルの青竹で叩き合う。
ヘルメットをかぶり、首からカメラを下げた甲斐さんの雄姿が地元の秋田魁新報(20年5月6日)に載っている。撮影の様子を自らこう書いている。
<竹がぶつかり合う「バチバチ」という乾いた音と人間の叫び声が、催事全体を、やらなければやられるという空気で包み込んでいってしまう>
たかが竹のチャンバラと侮るなかれ。
「これが当たると本当に痛いんです。頭に当たったら軽い脳震盪が起きるくらい。中に入って撮っているのはぼくくらいです」
思い切り殴り合い、流れ出た自らの血を神に捧げる

再び海外の祭りも訪れた。
「Opens and Stands Up」はジョージアのコーカサス山脈に位置する街、シュフティの「Lelo」という伝統のゲームを写したもの。ルールは冒頭のイングランドの祭りと非常によく似ている。こちらは復活祭の日曜日(Easter Sunday)に行われ、「Opens and Stands Up」とあいさつをしてキリストの復活を祝う。
一方、「Charanga」では南米ボリビア・マチャで行われるけんか祭り「Tinku」を撮影。

首都ラパスからバスに揺られること2日間。極端な乾燥地帯。草木のない茶色い大地がどこまでも広がる。マチャの標高は約3千メートル。ずっと高山病の頭痛に苦しめられた。
5月3日の聖十字祭の日、マチャ周辺の集落から人々が集まってくる。Tinkuとはケチュア語で「出会い」の意。広場に集い、歌い、踊り、ぶつかり合う。そして殴り合いが始まる。
「この取材はほんとうに怖かったですね。シンプルにグーで殴り合うんですが、本気で殺し合っているようでした。命がけの決闘です」