しかし、それ以外は「殴っても、蹴飛ばしてもいい」。もちろん「いざこざは必ず起こる」。
いっしょに追いかけて、いっしょに逃げて
甲斐さんにはもう一つのもくろみがあった。
ふだんのスポーツ撮影では試合中にフィールド内に立ち入って撮ることは許されない。
「決められた取材エリアから望遠レンズで撮るわけですが、立ち位置が同じだからみんな同じような写真になる。オリジナリティーはあまりない。だから、中に入って撮りてえな、と」
その思いを実現したのがこの祭り、試合の撮影だった。
「中に入って、彼らといっしょに追いかけ、いっしょに逃げて、という感じで写しました」
――撮ってみた感想は?
「いやー、こいつらバカだなあ、と。だって、大の大人が真剣になって、泥まみれなって、雪の川に入って。何が彼らをそこまでさせるのか。なんでこんなに一生懸命なんだろう、と思いながらレンズを向けました」
手にしていたのは中判のフィルムカメラ、マミヤ7。レンズは単焦点の広角65ミリのみ(35ミリ判換算で約35ミリ相当)。
「マミヤ7は体に合っているというか、好きなカメラだったので、あまり深く考えずに持って行きましたが、それが結果的によかった。デジタルカメラならピントはAFで合わせられるし、もっとシャープに撮れたと思うんですけれど、ピントが合っていなかったり、全然シャープでなかったりする。でも、そういうことも含めて、ぼくの身体性みたいなものや、空気感がにじみ出た。最初はこういうふうに撮ろうという意識はあまりなかった。本当に偶然のたまものです」
アッシュボーンの街の両サイドにはゴールが設けられ、彼らはそこへ「あるもの」を運ぶ。しかし、それは作品には写っていない。
「それって、ある意味『答え』なんです。それをあえて外すことで、作品を見る人にこのわからなさを伝えたい」(「答え」は写真展会場の最後に置かれた解説パネルに書かれている)
強烈な通過儀礼。「ストロボは根元から折れました」
イギリスでの撮影後、「ひょっとしたら、ほかの祭りでもこういう撮り方ができるんじゃないか」「生々しい人間の姿が写せるのではないか」という思いが膨らんだ。
そして取り組んだのが国内の「手負いの熊」シリーズ。長野県・野沢温泉で毎年1月に開催される道祖神祭りを撮影したものだ。

クライマックスはブナの木を切り倒して作り上げた「社殿」を燃やす「火つけ」。社殿は高さ十数メートル、一辺8メートルほど。これをただ燃やすのではない。25歳の厄年を迎えた若者たちが社殿の前に立ちはだかり、火をつけにきた村人から文字どおり身を挺して守るのだ。
「たいまつで火をつけにいくというのは口実なんです。実際はそれで彼らをぶっ叩きに行くんです」(※野沢温泉観光協会のホームページには「攻撃」とある)