人懐っこい笑顔が相手との垣根を取り払う。おおらかだが繊細。「漢字があまり読めない受刑者もいるから」と「Chance!!」の全文にかなをふった。受け手に寄り添って、さまざまな工夫を凝らす(撮影/大野洋介)
人懐っこい笑顔が相手との垣根を取り払う。おおらかだが繊細。「漢字があまり読めない受刑者もいるから」と「Chance!!」の全文にかなをふった。受け手に寄り添って、さまざまな工夫を凝らす(撮影/大野洋介)

 誰も私の話を聞いてくれない、という孤独感。

 立派すぎる親を超えられない、というジレンマ。

 思春期と相まって、心がぐらぐら揺れた。

「それだけでグレたわけではないが、寂しさはあった。反発なのか、愛情の裏返しなのか。両親を尊敬する一方で、大っ嫌いだった」(三宅)

 その変貌ぶりは、当時の人気ドラマ「積木くずし」の主人公を地で行った。小学生までクラス委員長と優等生だったのに、中学に上がった途端ヤンキー時代が幕を開ける。最初こそ赤い絵の具で髪を染めて登校するというかわいいものだったが、持ち前の学習能力で悪いことを覚えていく。すぐにライト級の非行少女になった。

 シンナーは吸わねど、たばこ、酒、夜遊び。パンプスを履き、大人の気分を味わえるチャイナドレスを着た。仲間に褒められるとうれしくなった。

■補導後迎えに来た担任、そのまま自宅に連れ帰る

 親の財布から、社会活動の会費が入った缶から、遊ぶための金を抜き取った。母親から「返しなさい。もう、お小遣いもあげないわよ」と叱られると、「いいよ。盗んでくるから」と言い返した。見つからないよう少しずつではなく、大胆に盗んだのは、親との接触を欲していたのかもしれない。少年院に行くことはなかったが、家庭裁判所と警察には世話になった。

 この時期の三宅に最も寄り添ったのが、中学3年で担任だった大滝祐幸(ひろゆき)(67)だ。のちに県随一の進学校である新潟高校校長を務めた教育者である。

 補導された三宅を迎えに行ったときのこと。

「運転手さん、助けて! さらわれます!」

 警察から帰るタクシーの後部座席で大声を出して暴れる三宅の腕を押さえながら「いいえ、違いまーす。私は担任です! 家出した子を連れ戻しています」と弁解し、大滝の自宅へ連れ帰った。

「もう時効だから」と大滝が教えてくれたが、三宅の両親にも、学校にも報告せず1週間預かったという。毎日、担任が教え子に「行ってくるよ」と言って学校へ行く。教師であれば、生徒に人生を説くようなことを言いそうなものだが、大滝は家に帰れとも、学校に行けとも言わなかった。

「中3ですよ。自分からしゃべらない限り、何言っても嘘をつくだけ」(大滝)

 三宅は、大滝の当時4歳の長男と1歳の次男と遊んだり、テレビを見て大滝の妻とたわいない話をしたりして過ごした。夜は大滝の家族と夕げを囲み、テーブルで翌日の授業の準備をする大滝のそばで、ごろごろ寝転がった。

 一度だけ逃亡を試みたが、息子たちを幼稚園に送って戻ってきた大滝の妻に連れ戻された。以来、憑(つ)き物が落ちていくように、不良少女は日に日にやさしい顔になっていった。

「何をやるのかワクワクさせる子だった。規格外の生命力があった」と言う大滝は、規格外の三宅を何とか伸ばしたくてかかわり続けた。

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