転機は、友人の結婚報告のDMのデザインを頼まれたこと。懸命に作った。すると、それを見た人から仕事の依頼が来た。必死で作った。すると、また次につながった。こうして水野は独立を果たすことになる。定食屋で380円の肉豆腐定食が食べられるようになった。だが、半年も経たないうちにとんでもない行動に出る。余裕もないのに、オフィスを借りてしまうのだ。

「これも母の影響なんですけど、入った金はどんどん使え、と。だから、どんどん本を買い、設備も買い、人も雇いました」

■役に立つデザインを、美しいだけでは意味がない

 仕事の声をかけてもらえることが何よりうれしかった。会社勤めの時代とは意識が変わった。仕事が来たらどんなに忙しくても断らない、徹夜しようが何をしようが最善を尽くす、と決めた。自分にできるのは、そのくらいしかないと思った。

「今では褒められた話ではないですが、最高で5日連続徹夜しました。1秒も寝ませんでした」

 この頃から水野の底力を見抜いていたのは、会社員だった頃に友人の紹介で知り合ったコピーライターの蛭田瑞穂(48)だ。

「外見からは想像がつかないんですが、とにかく肝っ玉が大きいんです。これは間違っている、納得がいかないと思うと、きちんと口に出す。コンビニ前でたむろして通行の邪魔になっている若者にも注意したりしていましたから。これは仕事でもそうで、クライアントでも協力会社さんでも、はっきり物申していました」

 お金を第一に考えない。それも水野のこだわりだった。広告の依頼が来たのに、広告は作らないほうがいい、とアドバイスしたこともある。

「話を聞いて、これは広告で本当に目的を達成できるのか、と思ったからです。なけなしのお金の大事さは、自分でよくわかっていましたから」

 常に本質を見ていた。デザインは問題を解決するためのツールだということには、早くから気づいていた。美しいだけのデザインを作っても意味がない。大事なことは、目的を達成すること、なのだ。

「何より考えていたのは、役に立つことでしたから。そもそも相手の役に立たないと、僕たちは次にはお声がかかりません。そういう世界で生きてきたんです」

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