■仕事を引き受ける基準はそこにどんな志があるのか

 アイデアの源泉のひとつは、間違いなく知識だ。事務所には水野が集めた膨大な量の美術書やデザイン書がずらりと並べられている。ハイデガーや西田幾多郎、福岡伸一など哲学書やノンフィクション系の本を好んで読み、テレビもよく見る。あちこちに出かける。そして雑誌、とりわけ女性誌に目を通す。その数は月に数十冊にのぼる。

「例えば、似た年代向けで複数の女性誌がありますが、実は微妙に違うんです。その違いがわからない人が多い。でも、わからないとその層に向けてアプローチはできません。どんな人が何を求めているか。それは知っておかないといけない」

 だが、水野が知ろうとするのは、最先端の情報だけではない。初対面で意気投合して朝まで飲み明かし、今は家族ぐるみの付き合いが続くスタイリストの伊賀大介(42)とよく見に行くのは、後楽園ホールでのボクシングだ。伊賀はいう。

「美術展も行くし、気になるお店も行きますよ。でも、知識欲という部分だけで終わらない。そこが水野さんなんです。4回戦の殴り合いを見て、安い飲み屋でレモンサワーを飲む。これもまた、まぎれもない真実の世界です。水野さんは、そういうものをちゃんと見ようとするんです」

 FMラジオの番組審議委員会で10年以上にわたって一緒だった阿川佐和子(65)が気づいたのは、水野の観察力の鋭さだった。

「最先端の尖(とが)った世界で、作り出したり発信したり、ときには過激に闘わなければならないことも多いと思うのに、とにかくいつも謙虚で人なつこい。場の空気や相手の気持ちや時代の変化をピンと感じ取って、さりげなく疑問を提示することが上手。人の心をなだめ、人の話によく耳を傾け、そしてよく笑う人です」

 仕事を選ぶ基準は、そこにどんな志があるのか、だ。結果的に人類にいい影響を及ぼさなかったら、その仕事は失敗だとまで言い切る。

「僕は、とにかくみんなに楽しくなって欲しいんです。それが僕には楽しいんです。だから、ホテル、マンション、街、いろんな仕事をしてみたい。というのは、公・水野学としてのコメントで、私・水野学としてはやっぱりサザンオールスターズの仕事をいつかやってみたい、かな(笑)」

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