この姫路城は入城口となる「菱の門」をくぐっても、すぐには天守に辿り着けない。「いの門」「ろの門」「はの門」と多くの門をくぐり抜け、天守に近づいたかと思えば、また遠ざけられてしまう。そんな侵入者を容易に天守に近づけさせない工夫がなされていた。
そして、これら数多くの門の中には築城当時から現存する貴重な遺構も多く、十五門が重要文化財に指定されている。また、天守丸の「水の一門」から大天守に達するまでの通路にある「水の六門」までの門は、片扉の門や石垣を切り通した埋門、門をくぐるとすぐに石段のある門、2階建ての櫓が載る門など実に多彩。
「姫路城の通路が紆余曲折しながら高低差を持っているためです。ここでしか見られない“特異な構造”の門も多いです」
姫路城を訪れたら、がむしゃらに天守をめざすのではなく、こういった門にも注意を払って欲しい。これらの門をくぐり抜け、ようやく天守に辿り着けるのだ。
姫路城大天守は、高さ16メートルの石垣上に五重六階の大天守が載り石垣を含めて46メートルと、現存天守では最大規模を誇る。建造されたのは1608年(慶長13年)で、関ヶ原の戦いと、豊臣家との最後の決戦となる大坂の陣の中間にあたる。
「地階には、流し台と6個の雪隠(せっちん=トイレ)が設けられています。さらに、地階の北西隅の扉は、外は漆喰塗りで内は鉄鋲打ちの厳重な二重扉など、籠城戦に備えた堅牢な造りになっています」
白鷺城と讃えられる美しい城も、その内部は合戦を想定した“戦う城”となっていた。平成の大修理後には、屋根瓦の白漆喰が目立ち、「白過ぎ城」と陰口を叩かれていた時期もあったが、その色も落ち着き、いまが一番の見ごろだという。
娘が城ガールでなくても、姫路城を始めとした、「現存十二天守」めぐりを、ぜひ夏休みの家族旅行に加えてみてはいかがだろうか。(取材・文/湯原浩司)
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※週刊朝日 2019年7月5日号