その色が徐々に濃さを増し、ビール瓶のような濃い茶色に変化し、窓外の風物を包み込む。
ナイルの支流に面して建つビルの八階にある支局からの眺めは、いつもは上流からゆるゆると帆船が下って来てのどかだが、その日は茶色の砂塵で、橋が微かに分かるだけ。
この砂嵐の中でたたずむ人影がある。ガラベーヤという丈の長い民族服を着た男性だ。わけのわからぬうちに一時間近く、やっと空気が薄茶色になり、やがて白っぽく、青空ものぞき出した。橋が、ナイルの支流が、家が、街路樹が、以前よりくっきりと見える。火焔樹の緑が鮮やかで気分も爽やかだ。
砂嵐の去った後は、水で洗ったように万物が生き返る。砂は水の代わりに使われ、砂で洗い流した後は美しくなる。
中国からの黄砂とはどこが違うのだろうか。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2023年5月5-12日合併号