
今年1月刊行された『格差の“格”ってなんですか? 無自覚な能力主義と特権性』(朝日新聞出版)。昨年11月に刊行された『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』(幻冬舎)。ともに「働くこと」をテーマにしながら、前者はモチベーションや自立、成長、ひいては『能力主義』の是非を論じ、後者は能力主義の労働市場から脱落することによる『貧困』について迫った本だ。
それぞれの著者、勅使川原真衣さんと鈴木大介さんが、三省堂書店神保町本店で刊行を記念しての対談を4月18日、三省堂神保町本店で実現。労働観から、より良い社会への展望まで、忌憚なく語り合った。
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誰もが努力はしているはずなのに……?
勅使川原:能力で人材を評価し精鋭化する。優秀な社員に最大限のパフォーマンスを期待する。それがまさに能力主義なのですが、私は「本当にそれでいいの?」と問い続けているんです。
いわゆる‟勝ち組“の人たちに「あなたたちがその優越感を手放せないことこそ、今一番の問題なのでは?」と。そう問いかけたくて、『格差の”格“ってなんですか?』を書きました。
よりよく生きるために、タイパだ、自己肯定感だ、成長だ……って言っているけれど、肝心のあなたは、それで本当に幸せですか?と。
鈴木:僕は長年、貧困から抜け出そうとあがきつづけている若者や少女、シングルマザーたちに取材してきました。が、実はそのなかで出会う、多くの「なぜ?」を封印してきたんです。
「なぜ約束の時間を守れないのだろう」
「なぜ“当たり前”のことができないのだろう」
でも、そのまま書いたら自己責任論に帰結してしまう。「そんなふうだから、貧困に陥ってしまうのではないか」と。
だから今まで、あえてその「なぜ」には触れずに来たんです。
勅使川原:『貧困と脳』では、そのことへの懺悔から始まっていますよね。
鈴木:家庭環境や教育に恵まれない、社会的支援が受けられない、というだけでなく、貧困者は精神障害・知的障害・発達障害の当事者であることが多いんです。だから、世の中の多数派の人たちの‟当たり前“をすることが難しいことがあるのです。
僕自身、2015年に脳梗塞を発症して高次脳機能障害になりました。「“当たり前”のことができない」当事者になって、まさに地獄を味わいました。
その地獄から抜け出そうと本人は必死で努力しているのに、それは水面下のことで、外からは見えない。それで身に染みたんです。僕は彼らへの「なぜ?」の解像度をもっと上げるべきだった。そう思って書いたのが今回の本だったんです。