
文部科学省の調査によると、海外の高等教育機関への進学者数は2023年度1635人。前回調査の21年度は1424人で、増加傾向にある。目立つのは、従来ならば東大を選択していた層の海外志向だ。未来を担う高校生たちが海外のトップ大学へ流れていく現象をどう捉えればいいのか。
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海外トップ大学への進学の潮流について、「グローバル化が進む中での自然な流れ」と説くのは、元文部科学副大臣で現在、東京大学教授の鈴木寛さんだ。
「欧米ではイギリスの高校生がアメリカの大学に行ったり、ドイツの高校生がイギリスの大学に行ったり、ということが当たり前に行われています。日本でも国内の大学と海外の大学を分けて考える時代ではなくなっている、ということでしょう」
このことは、海外トップ大学を受験する生徒は東大と併願するケースが多い実情からも浮かぶ。つまり、「国外への流出」と捉えるのではなく、「志望大学のバリエーションが(国内外を問わず)広がった結果」と捉えるのが正しいのかもしれない。
そのうえで、鈴木さんは「日本の高校生が海外の大学に出て行くのを嘆くよりも、海外の高校生に日本の大学を選んでもらうには何が必要かを議論したほうがいい」との見解を示す。というのも、日本の大学には海外の受験生がアプローチしづらい障壁があるからだ。
国際スタンダードとかけ離れた日本の大学
「それは国際スタンダードとかけ離れた日本の大学の『特異な入試スタイル』です」(鈴木さん)
科目の筆記試験の比重が高い一般選抜がメインの日本の大学は、それぞれの大学固有の「過去問」を解くテクニックが求められる。このため海外の受験生は「日本の大学特有の入試対策」をしなければ合格できない。このハードルが海外の受験生を遠ざける要因につながっている。
一方、海外の大学は課外活動やエッセイを重視し、受験生の個性や実績を問うスタイルのため、十分な語学力と学力が備わっていれば日本の大学との併願も可能だ。この違いが、「海外への流出」と「海外からの流入」のバランスに不穏当な影響をもたらしつつある、というわけだ。
ただ、近年は国内で国立・私立を問わず総合型選抜や学校推薦型選抜へのシフトが進んでいるのも事実。鈴木さんはこの動きを「より加速すべき」だと唱える。
「留学生の受け入れも私立大に偏っているのが現実です。国際競争力を高めるためにも、東大をはじめ国立大は留学生枠を大幅に拡充するなど、もっと多様な国から学生に来てもらう入試制度上の努力をすべきだと考えています」
東大の理系はグローバルのトップ水準
東大の国際競争力はどうなのだろう。鈴木さんは「理系についてはグローバルのトップ水準に照らして全く遜色がない」と評価する。
「すべての学部や学科で『世界最高水準』という大学は、ごく一部です。東大に関してももちろん強みと弱みがあります。その中で海外の若者からも選ばれているのは大学院の理系の研究科です。日本の医学部・理学部・工学部の教育レベルなどは世界最高水準ですが、学部レベルでは、海外からの留学生は少ない。もっと学部レベルで多様な国からの優秀な留学生を受け入れる工夫をすべきです」
実際、東大入試でいま起きている変化の一つが、理科一類の人気の高まりだという。背景にあるのは東大発ベンチャーの隆盛だ。
「東大発ベンチャーが増え始めたことで、灘や開成、筑駒といった有名進学校のトップレベルの生徒を中心に(医学部志望者が多い)理科三類ではなく、(工学部志望者が多い)理科一類を受験する地殻変動が起きています。なぜならベンチャーを立ち上げて将来上場するほうが医師の生涯年収を上回る、と考える若者が増えているからです」(鈴木さん)
最新のAI(人工知能)・データサイエンスに関心のある幅広い層に向けた東大松尾・岩澤研究室の公開講座はオンライン講義が中心ということもあり、理科一類を目指す全国のトップ進学校の生徒も多く受講しているという。