経済、生活の悪化を中国国民の全てが「覚悟」
一方で、中国では、経済も生活も悪くなるだろうと国民全てが覚悟していた。すでに失業や倒産なども出始めていた。
それでも米国に安易な妥協はするなという市民の声の方が強かった。世論誘導の側面もあるだろうが、少なくとも、米国に比べれば、人々に「苦難を甘んじて受け入れて戦う覚悟」が備わっていたと見て良い。
その声に押されて、中国政府は、米国が譲歩しない限り中国から譲歩することはないという毅然とした態度を貫くことができたのだ。
パニックに陥った庶民の批判の矢が後ろから飛んでくるトランプ政権と国民の声援を背中に受ける習近平政権では、交渉に臨む環境が違いすぎる。
以上のような誤算の積み重ねの結果が今回の合意だと私は見ている。
前述のコラムで紹介した、「粟と歩兵銃」の精神(毛沢東が抗日戦争や中国内戦で掲げた「小米加歩槍(粟と歩兵銃)」というスローガン。今日的には、限られた資源(粟と小銃)で強大な敵に立ち向かうという精神を象徴するもの)は本当に健在だった。これを教えてくれた中国政府関係者の言葉に嘘はなかったのだ。
ただし、今回の合意はあくまでも第1ステップに過ぎない。今回中国が勝ったからと言って今後も楽勝できるということではない。
中国経済は依然として低迷している。中国政府は、中国経済が大きな困難に立ち向かいながらも順調に回復軌道に乗っていると発表しているが、そのまま信じる者はいない。
「景気は気から」という言葉に表わされるとおり、企業や消費者の経済に関する予想は実体経済に大きな影響を与える。中国政府は、この点を重視して、経済に関するポジティブな情報だけを公表しているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナルのウェブ版の5月4日配信の記事では、「How Bad Is China’s Economy? The Data Needed to Answer Is Vanishing(中国経済はどれほど悪化しているのか?答えに必要なデータは消えつつある)」と題して、中国政府が何百ものデータの公開を中止したと報じている。データの提供を終了または保留する理由も明らかではない。元々中国の経済データについての信頼度は低かった。実際の成長率は発表よりもかなり低いのではないかという指摘は繰り返しなされてきた。