AIが自分を開発した人間よりも上になった
ところが、この状況は、24年の12月にさらに変化しました。モデルo3(オースリー)が発表され、数学オリンピック予選の問題の正答率は9割をはるかに超え、さらには「ChatGPTを開発しているオープンAI社のプログラマーのうち、プログラミング技能においてo3に勝てるのは二人しかいない」という驚くべき状況になったのです。これはつまり、自分を開発してくれた人間たちよりも、生成AIの方がプログラミング技能において互角もしくは上になった、ということです!
たとえば将棋や囲碁において、かつて起きたことを振り返ってみれば、最初は「プロに初めてAIが勝ちました」という状況から始まり、あっという間に、「もう人間のプロはAIに勝てなくなりました」となったのです。プログラミング技能においても、おそらく、将棋や囲碁と同じパターンで、近い将来、「人間のプログラマーは完全にAIに勝てなくなりました」という結果になるのでしょう。
よくテクノロジーの世界で「日進月歩」という言葉が使われますが、AIの進化は、ますます加速しているような気がします。AIはどんどん常識を塗り替えていきます。
しかし残念ながら、人間の側は、そんなにすぐにはこれまでの生活習慣を変えることができません。AIが数カ月で大幅に進歩したからと言って、人間が仕事のやり方をガラリと変えて、AIをうまく取り入れるのは難しいのです。となると、「バージョンアップが来た!」という瞬間から動き始めても、とうてい間に合いません。
日頃から、AI関連の最新ニュースに注目し、少しでも進化の予兆を掴むようにして、いざ大きな革新が来たときには、職場の配置転換を行ったり、AIで一気に業務効率を上げたりしていかないと、取り残されてしまいます。
AI先進国というと、すぐにアメリカの名が頭に浮かびますが、24年度のノーベル物理学賞がカナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントンさんらに与えられたことからもわかるように、アメリカの隣国カナダも捨てたもんじゃありません。北米は世界のAI開発の中心です。
「AGIの世界が10年以内にやってくる」
でも、ここにきて、北米から遠く離れた中国発のディープシーク(DeepSeek)が彗星のごとく現れ、開発期間が短期で開発費用も安価だったのに非常に高性能であることがわかり、世界中に衝撃が走っています。
すると、「DeepSeekは、ChatGPTを先生役として開発された疑いがある(いわゆる「蒸留」と呼ばれ、使用規約に違反)」「国家情報法により、DeepSeekに登録した個人情報は中国政府が収集する可能性がある」「DeepSeekは、特定の政治的な事件について答えない問題がある」などという指摘がアメリカを中心に噴出し、なにやら、北米V.S.中国のAI戦争の様相を呈してきました。
当然ですが、今後、中国企業はAGI開発に注力するでしょうから、どの国や企業が、AGIの主戦場で勝利を収めるのか、先が読めない状況になっているのです。
AGI実現の可能性については、専門家によっても意見が分かれています。
ソフトバンクの孫正義さんは、2023年10月4日に開催された「SoftBank World2023」の特別講演で、AGIについて以下のような見解を述べ、大きな反響を呼びました。
冒頭、「AGIが何か知っていますか」と会場に問いかけたところ、ほとんど手が上がらない状況を見た孫さんは「まず、ヤバイということを知ってください」と警鐘を鳴らし、続けてこう力説したのです。
「AGIは、人類叡智総和の10倍です。(中略)AIがほぼすべての分野で人間の叡智を追い抜いてしまう、これがAGIのコンセプトです。このAGIの世界が今後10年以内にやってきます。そして、AGIの世界では全ての産業が変わります。教育も変わる、人生観も変わる、生きざまも変わる、社会のあり方、人間関係も変わるんです」
いかがでしょうか。AI技術における日本のキーパーソンともいえる孫さんがこうおっしゃるということは、AGIの実現も夢物語から現実へと着々と進んでいると考えて間違いないでしょう。
ただ、その一方で、AGIの実現は単にAIの恩恵を受けるだけでなく、深刻な社会的、経済的、倫理的な問題などを引き起こすリスクについても考えてみなければなりません。私たちがAGIの実現に向けてやるべきこととは何か、そのことを今から考えておく必要があります。
今後AGIが実現すれば、私たちの働き方や生き方さえも大きく変化するでしょう。その変化にしっかり対応していくためにも、AGIについて少しでも学んでおくことが肝要です。AGIについて理解を深めておき、実現したときにはすぐさま活用できるように準備しておく。今まさにそのような時期に差し掛かっているといっても過言ではありません。
(サイエンスライター:竹内 薫)