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 作家・夢枕獏さんが四十四年にわたって書き継いできた「キマイラ」シリーズの最新刊、『キマイラ聖獣変』が5月20日に発売される。

 本シリーズを「生きてゆくための杖」だと語る、夢枕獏さん。なぜ、長大な物語のエンディングを“先に”執筆することにしたのか?

『一冊の本』の巻頭随筆の中で、「キマイラ」シリーズと歩いてきた日々を率直な言葉で語った。

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白い原稿用紙

『キマイラ』シリーズを書き始めて、四十四年目になってしまった。

 その第一巻『幻獣少年キマイラ』を書いたのは、一九八二年、三十一歳の時だ。書き出した当初は、まさかこんなに長い物語を、こんなに長い年月にわたって書くことになるとは、考えてもいなかった。
一巻ごとに話が完結してゆく物語ではない。ひとつの物語が、ずっと続いてゆく。途中、過去の物語のエピソードなどを挟んで物語は展開してゆくのだが、その時間軸のスパンは、仏陀の頃から数えてゆくと、およそ三千年。しかし、メインとなる時間で言えば、まだ物語は一年も経過していないのだ。

 三十一歳の時から、ほぼ休むことなく書き続けている。これって、調べたことはないのだが、ただひとりの物語作家が連続して書いているものとしては、世界で一番長く書き続けられている物語なのではないか。

 どういう物語か。もはや、これは、書いているぼく本人にも見当がつかない。ファンタジィのようでもあり、SFのようでもあり、格闘小説のようでもあり、伝奇小説のようでもあり、青春小説のようでもあり、タイトルにもあるように、まさにキメラ状態なのである。

 ある時、ある編集者がうまいコピーをつけてくれた。

「夢枕獏の生涯小説」

 十五年くらい昔のことだと思うのだが、まさしく、この物語は、ぼくの「生涯小説」となってしまった。

 ある少年の肉体の中に、得体の知れない獣が潜んでいる。少年の感情がたかぶったりすると、その獣が出現して、少年の肉体が変貌する。今となっては、漫画やライトノベル、転生ものの小説の中ではすっかりおなじみの設定となってしまったが、当時はまだそれほど多くはなく、故・平井和正さんのウルフガイシリーズが、先行作品としてあった。ぼくは、このウルフガイが好きで、新刊が出るたびに貪り読んでいたのだが、しばらく続きが出ないことがあった。その続きが読みたい。何としても続きを読ませてくれというフラストレーションが溜まって、それなら自分で――とばかりに書き始めてしまったのが『キマイラ』なのである。

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