お気に入りのレトロコップと一緒に(画像は本人提供)

「懐かしい」は胸がときめく

 おばあちゃんの家には暗くて怖い場所もたくさんありました。急な階段を上った2階の奥の座敷には能面が飾ってあって、絶対一人では行けなかったし、物がたくさんつまった納戸も怖かったなあ。昔ながらの広い本間の押し入れも大きくて深くて、おまけに天袋まであり、ちょっと湿った重たい布団がしまってあって。こういう日常の「闇」があることもとっても大切なことだったと今更ながらに思います。

 夏の夜には部屋の四隅に蚊帳をつって、蚊が入ってこないようにパタパタしながら中に入ったもんです。そして私はおじいちゃんとおばあちゃんの間に布団を敷いて眠るのが恒例でした。

 昭和の懐かしい思い出。最近は食器や家電も、懐かしいポピー柄などの花柄や、オレンジのストライプ柄の昭和レトロの復刻版などが盛んに出されています。先だってはうちの娘と横須賀(神奈川県)の美術館に行った時には、ミュージアムショップに並んでいたかわいい花模様のついたガラスのレトロコップがすっかり気に入ってお買い上げ。昔お世話になったファンシーショップを思い出すような品ぞろえで、「懐かしい」は胸がときめきます。喫茶店のクリームソーダやホットケーキも何周か回って、またまた大人気のようです。

 今年は昭和100年の年。なんにでもAIが介在し世の中の「経験値」が劇的に変化している大きな節目の今、昔の暮らしなんて知らなくても生きていくのになんの支障もないけれど、なにかこの「懐かしさ」に大切なヒントがある気がして、子どもたちの行く末を案じる母。スマホ片手に、駄菓子屋の店先に置いてあるピンク電話のダイヤルを珍しそうに眺め、おもむろに人さし指を穴に突っ込んで「これどうやるの?」と聞いてくる娘に、「さあて、いっちょ教えてやるか!」と腕が鳴る、昭和生まれの母なのであります。

 経験と工夫と人生に無駄なことはひとつもなし!いや、無駄こそが実はとても大切なものだと気づく日がいつかきっとくると信じて。

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