
ガザ戦争とオウム真理教のテロを読み解く
大澤 『未完のファシズム』の中では「顕教」と「密教」という言葉が使われています。しかし、人間には、本当は信じていないと自分では思っていながら、信じているように振る舞う、ということがあります。このとき、自分では信じていないつもりかもしれませんが、信じていることと同じだと言わざるをえない。意識よりも行動のほうが重要なのであって、むしろ、そのようにふるまう人は無意識のうちに信じていると考えるべきなのです。つまり、信じているという意識をもっていようと、もっていなかろうと、信仰の対象となっているものごとに没入している状態というのが人間にはあるわけです。私はそれを「アイロニカルな没入」と呼んでいます。
片山 なるほど、それがファシズムの謎を解くカギの一つだと……。
大澤 たとえば、今ガザを侵攻しているイスラエルです。あそこにユダヤ人の国家を建設することを正当化する根拠は、旧約聖書に書いてある「神の約束」しかありません。では、イスラエルというのは、そんなに信仰心が篤(あつ)い国なのか。イスラエルは、イスラム教の国々が並ぶ中東にあって、唯一の世俗的な民主的な国家であるということを売りにしています。実際、イスラエルの人々は、意識調査などをして、あなたは神を信じていますか、等を問うと、それに「はい」と答える人の率は、ヨーロッパの平均的な国より低く、アメリカに比べたら、はるかに小さい。
しかし、イスラエル国民は、パレスチナは自分たちの土地だという。その主張を正当化しているのは、「神の約束」だけです。神の約束がなければ、今の戦争を正当化することもできません。旧約聖書の話「作り話ですよ」と思いつつも、ある意味、それに熱烈にコミットして、それに基づいて行動しているわけです。彼らの意識と行動を総合すれば、「神は存在しないが、神はわれわれに土地を与えた」という命題になる。これこそ、アイロニカルな没入で、前半の「神なんか存在しない」というのがアイロニーの意識で、後半の「神がわれわれに土地を与えた」という彼らの行動を規定している根拠に没入している。
30年前にテロを起こしたオウム真理教もそうでした。信者には超有名大学の非常に優秀な成績の人たちが多くいました。馬鹿な人たちが騙されておこした事件という話ではありません。ぼくは当時、何人もの信者に「ハルマゲドンが来るって思っているの?」と聞いたことがあります。すると、「いや~、尊師がそうおっしゃるし」というような答え方をする人が何人もいる。つまり、自分はそんなもの信じていませんよと言っている。しかし、それに基づいて行動しているわけです。