
性被害者に対する偏見
なぜここまで、被害者が苦しめられるのか。先の内藤さんは、「性被害の深刻さが理解されていない」と指摘する。
「背景にあるのが、性被害を受けた人に対し、被害者にも問題があったのではないかという偏見です。被害自体を軽く考え、他人に話しても差し支えはないだろうなどと考えてしまいます」
性的指向や性自認を同意なく第三者に暴露するアウティングと一緒だと言う。
「個人のセクシュアリティーの暴露は重大な人権侵害ですが、マジョリティーは、性的指向はそれほど隠すものではないぐらいにしか思っていません。セクハラや性被害に対しても、その程度の認識しか持っていません」
このような被害が社会全体に与える影響も無視できない。性的嫌がらせが、経済損失に繋がることがわかった。性暴力被害の研究を進める、日本女子大学名誉教授の大沢真知子さん(労働経済学)が試算した。
大沢さんは、NHKが22年に実施した「“性暴力”実態調査アンケート」を基に、国内で初の試みとなる性暴力被害を放置することでの「経済的損失額」を算出した。アンケートは、性暴力の被害者を対象にウェブで実施。3万8千件を超える回答があり、大沢さんはアンケートの作成・分析に携わった。
大沢さんは、被害に遭った人たちがもし性被害に遭わなければどれだけの経済的な価値を生み出せたのかを推計し、それを性被害によって失った経済的損失(損失所得)と考え、被害に遭った時の年齢などのデータを使い分析を行った。
性被害の経済的損失大
「その結果、性暴力被害を放置することによる経済的損失は性被害にあって仕事を辞めた人に限定すると2兆5342億円と、21年度の名目GDPの0.47%に当たることがわかりました。さらに、対象を被害にあった人全員に拡大すると損失は8兆2932億円と、21年度の名目GDPの1.5%に当たります」
つまり、性被害を放置することで生じる経済的損失は、GDPの0.47~1.5%に及ぶ。大沢さんは言う。
「これまでセクハラや性被害は軽く考えられてきましたが、見て見ぬふりをして放置することによって、社会は膨大な経済的損失を被ることがわかりました。人的資本を失うことの大きさを、私たち一人一人が理解し、性被害のない職場を形成していくことが重要です」
(編集部・野村昌二)
※AERA 2025年4月21日号より抜粋