
「登龍門」は総本店と同一のネタを使用した若手職人の手による寿司を立ち食いスタイルで割安で提供。従来の「先輩から見て学ぶ」だけでなく、実際にカウンターに立って経験を積むことで若手の寿司職人を育成する狙いもある新しいコンセプトの店舗だ。
小松さんが寿司職人を目指したきっかけは、コロナ禍のテレワークだったという。
「テレワークが4年ほど続いたとき、ずっとこのままでいいんだろうか、と自問するようになりました」
テレワークが始まった頃は早起きして満員電車に乗ったり、メイクしたりすることも少なくなり解放感もあった。しかし、それが続くと徐々に不安が増したという。出社勤務の頃は職場で少し元気がなさそうな同僚がいれば、「大丈夫?」と声をかけて気遣ったり、自分が助けてもらった時には対面で感謝を伝えたりするのが当たり前だった。
「そんな日常がテレワーク勤務で途切れてしまったことで、対面で働く魅力や大切さを改めて実感しました」(小松さん)
会社が当面、出社勤務に戻さない方針を打ち出すと、小松さんは真剣に転職を考えるようになったという。
「コロナ禍では医療関係者などのエッセンシャルワーカーに社会を支えてもらっている現実も痛感し、私も直接人と会って感謝を伝えたり、喜んでもらえたりできる現場のサービスにかかわる仕事をしてみたいと思うようになりました」(同)
そのとき浮かんだのが、子どもの頃から好きだった寿司を提供する仕事だった。小松さんはアカデミーで講師の技術と人柄に魅了され、寿司を握る楽しさを心の底から感じられる体験を得た、と振り返る。
「いろんな業種、職歴、国籍の受講生が興味津々で講師の先生に次々質問を投げかけていましたが、その一つひとつに丁寧に答えられる先生の姿は自信に満ちていました。調理の所作も美しく、『お寿司は楽しい』という記憶があれば、これから先、どれだけつらい試練があっても乗り越えられると思いました」
受講生には「鮨 銀座おのでら」をはじめ日本国内外の他社求人への就職サポートや、「銀座おのでら」各店舗でのアルバイトの道も開かれている。小松さんは受講後、面談を経て、同社に正社員として入社した。「このチャンスは絶対に逃したくない」と意気込んで臨んだ面談では、いきなり実技を要求されても応じられるよう出刃包丁と柳刃包丁を持参した。「面談会場に包丁持参で来た就活生は初めて」と面接担当の親方に笑われたという。