北筑高校時代の今永

県立高校で頭角を現し、大学でドラフト候補に

 車内から投球を見た時間は数秒間だったろう。だが、この出来事が今永の運命を変える。北筑に進学すると、メキメキ頭角を現した。甲子園出場は叶わなかったが、3年時の春季大会県大会1回戦・折尾愛真高戦で14奪三振の快投。最後の夏の県大会予選では4回戦・小倉高戦で1-2と惜敗したが、直球最速144キロを計測した。県下で好投手として名が知られるようになり、プロのスカウトも視察していた。

「突如出てきた感じですね。高校1年の時は名前も聞いたことなかったけど、登板を重ねるごとにどんどん成長していく。体の使い方がしなやかで、手元で『ピュッ』と伸びる直球を投げられる。大学に進学すると聞いて『4年後はドラ1候補だな』と思いました」(セ・リーグ球団のスカウト)

 その予測は的中する。進学した駒沢大では1年の春から公式戦に登板し、2年からエースに。3年春に3試合連続完封、秋に26季ぶりのリーグ優勝に貢献してMVPに輝いた。リーグ戦通算46試合登板で18勝16敗、防御率2.03をマーク。満を持して2015年のドラフト会議に臨んだ――と思いきや、内情は違う。

「3年終了時点ではドラフト1位で複数球団の争奪戦は間違いないと思われましたが、4年春に左肩を痛めて秋のリーグ戦も調子が上がらなかった。本人もNPBで通用するか考えたのでしょう。プロ志望届を出したのは締め切り2日前だった。即戦力の投手が欲しい球団が多かったですが、DeNAが単独で1位指名しました」(スポーツ紙のアマチュア担当記者)

 プロ入団後は先発のローテーションで1年目から定着したが、左肩の故障などで2ケタ勝利を挙げたシーズンは3度だけと意外に少ない。当時チームメートだった選手はどのような印象を持っていたのだろうか。DeNAのOBはこう語る。

「今永は活躍していてもそうでなくても、テンションが変わらない。ケガしたりイメージした通りに投げられない時期は気持ちの葛藤が当然あるんでしょうけど、人前で見せない。目の前の結果に一喜一憂せず、常に先を見据えて取り組んでいました。数年前からトレーニングで体がどんどん大きくなっていたので、メジャー挑戦に向けて準備していたんだなと。あと、昔からあいつのプライベートが謎なんですよ。彼女の話をしないし、飲み会に行った話も聞かない。普段なにをしているのか聞いたら、『普通に暮らしています』って言ってました。ファミリー向けの住宅街に引っ越した時期があったので結婚したのかと思ったら、1人暮らしで。『ああ、やっぱりこいつは変わってるなあ』って(笑)」

 ルーキーのころから取材対応時などの「言葉力」がファンに注目された。「三振を取れる投手ではなく、勝てる投手がいい投手」「一つ一つのボールに意味がある」など印象深い言葉を口にし、グローブには「逆境こそ覚醒のとき」と刺繡を入れる。このため、「投げる哲学者」「今永先生」と称されるようにもなった。

 とはいえ、気難しい性格ではなく、学生時代から仲間内で人気のムードメーカーで、DeNAでもナインに愛されていた。カブスでもすっかりチームに溶け込み、エース格として期待されている。

 中学時代に“偶然の数秒間”がきっかけでチャンスをつかんだ今永は、この先どこまで上っていくだろうか。

(今川秀悟)

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