
津波想定で地域が衰退
町の防災アドバイザーとして10年以上が過ぎ、片田教授は「巨大津波の想定の衝撃を乗り越え、町全体に明るさが戻った」と、安堵(あんど)の表情をみせる。しかしその一方で、「深刻な問題が生じ始めている」とも打ち明ける。町の予想浸水区域の人口が減少しているというのだ。村越さんも、「浸水区域の地域に新しい家が建たなくなりました。若い世代が安全な場所を求めて町を出たという話をたびたび耳にします。実際、町の目標値よりも人口が減っている」と証言する。
先祖代々続く土地に「34メートルを超える津波が来るかもしれない」と国から言われたら、確かに「この土地を自分が守ろう」と考えることは難しい。片田教授は表情を曇らせる。
「現実問題として、若い世代は町の別の場所に住むか、町を出るかという選択肢しかなくなっています。結果として、想定値が高かった地域は衰退し、消滅する可能性が高まってしまう」
防災上の「想定」が、地方の過疎化、さらには消滅可能性に拍車をかけた格好だ。
東日本大震災の教訓から、国土交通省は全国の自治体に「事前復興まちづくり計画」を推奨している。災害による被害を想定し、仮設住宅の建設予定地や災害廃棄物の処理場などを事前に決めて整備しておくものだ。しかし被災する前から過疎が進み始めた黒潮町のような地方では、「事前復興計画」のさらに先を行く必要があると片田教授は考える。
「深刻な被害が想定される地域では、災害が起きる前に安全な場所へ集団移転したうえで、地域の魅力化などで存続できる戦略を練る。地域の実情に応じて、そんな『事前復興先取り計画』を進めることが、実効性ある地方創生のあり方だと思う」
国交省の「防災集団移転促進事業」の適用を受ければ、1世帯当たり最大約5千万円の補助金を受けて被災前でも移転できる。しかし個人の負担は免れず、町としても、移転先の造成費だけでも巨額の負担が生じるうえ、高齢者たちの「心」のハードルも高い。「先取り計画」までに越えるべき壁は複数ある。
片田教授は頻繁に黒潮町を訪ね、漁師の輪に入るなどして住民との距離を縮めながら、町と二人三脚で説明を続けている。
「東日本大震災の被災地では復興までに10年という時が過ぎ、人口流出が起きました。地震と水害に襲われた能登半島の復興の議論にも通じることですが、災害荒ぶる今の日本での持続可能な地域のありようを、防災の枠を超えて真剣に考える段階に来ている。黒潮町の挑戦は、その試金石になると思っています」
(フリーライター・浜田奈美)
※AERA 2025年3月17日号より抜粋、加筆

