
南海トラフ地震で、最大34.4メートルの津波が予測される高知県黒潮町。「日本一の防災の町」を掲げ、対策に取り組んできた。町に伴走する「釜石の奇跡」の立役者として知られる片田敏孝・東京大学特任教授は、課題解決を通して「災害大国」の地方のあり方を問い続けている。AERA 2025年3月17日号より。
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南海トラフ地震が起きた場合、黒潮町では約7割の世帯で津波による浸水被害の恐れがあり、最大約2300人の犠牲者が出る可能性が指摘されている。町では片田敏孝・東京大学特任教授のアドバイスを採り入れた防災教育プログラムを小中学校で実施。町の約190人の全職員が「防災地域担当」を兼務することで、担当地域の住民の状況や危険箇所の点検など、官民で情報を共有し、250本以上の避難道と津波避難タワー6基を整備し、役場や消防署、保育所を予想浸水区域外へと移転してきた。
地域ごとの防災ワークショップも重ねてきた。「〇〇おじいちゃんの避難の手伝いは××さんが担当」「〇〇さんは車いすのまま玄関の外へ。××チームが〇〇さん宅を経由して車いすを押して避難タワーへ」といった具合に、避難時の作業フローまで決まっている。訓練でフローを確認し、不備や不具合があれば修正、という作業を繰り返してきた。
同町の情報防災課長・村越淳さんは「いくつ避難タワーや避難道があっても、逃げないことには命が助からない。当たり前のことですが、そういう自助の意識は全町民に定着している」と語る。
この「当たり前のこと」に関して、片田教授はかねて日本は「災害過保護状態」にあると警鐘を鳴らし続けてきた。
200人を超える犠牲者が出た2018年の西日本豪雨を受けた中央防災会議の「避難に関するワーキンググループ」では、「対策の強化」を前提とした議論の前に、こう訴えた。
「避難勧告はおおむね出され、十分に逃げてくださいと言っている。住民のみなさんは本当に危機意識を、当事者感を持っているだろうか。このように対策が重ねられるたびに、(国や行政に命を)委ねていく社会構造になっている」
ワーキンググループは3度の議論を経て、「住民主体の防災対策」へ転換する必要があると総括。報告書「平成30年7月豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について(報告)」の末尾には「国民のみなさんへ」と題した、異例の一文が添えられた。
〈自然の驚異が間近に迫っているとき、行政が一人ひとりを助けに行くことはできません。 避難するかしないか、最後は「あなた」の判断です。皆さんの命は皆さん自身で守ってください。〉
教授はこう振り返る。「これほどまでに災害荒ぶる状況の中で、国民一人一人が自助の力を高めなくてはなりません。それはどんな災害でも、南海トラフへの備えでも同じです」