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また伊藤さんは、防犯カメラの映像を手に入れたことを、様々な映画祭で純粋に称賛されている。入手が難しい動画を手に入れることは、ドキュメンタリー作品への評価の対象になるからだ。そのことに対し伊藤さんは日本では「許諾がない映像を使った」ことを認めているが、英語でのインタビューには「(動画取得は)難しかったがなんとかして手に入れた」と語ってきた。
蓮実氏は英語と日本語でのインタビューや記事を紹介しつつ、「グローバルに流通している作品に対する監督の説明が言語によって違うのは問題ではないか」と話した。バイリンガルならではの貴重な指摘だろう。
蓮見氏の話を聞き、今回、私が感じ続けているモヤモヤは、許諾がない映像が使われていることに加え、日本と海外の情報ギャップによる温度差、というものもあるのではないかと気がつかされる。いわゆる民主主義先進国とされる欧米から、「日本って男尊女卑だよね」「日本の民主主義ってヤバイよね」という、「既にある日本のダメなイメージ」が濫用されているような空気を感じるのだ。たとえば映画の配給権を持っているMTVドキュメンタリーフィルムズはXに「最も必要とされている日本で、上映禁止になっている」(2/14)と英語で投稿しているのだが、伊藤さんの映画が「上映禁止」された事実はない。でもこう英語で記すと、法的に禁止されているヤバイ国としての印象がどうしても際立つ。日本で上映できないことが、この映画の価値を高める効果もあるだろう。日本が男尊女卑な国で、性暴力問題に鈍感で、政治的な話題を忌避しがちで、どうしようもない国だ……というのはその通りだと思いつつモヤモヤするではないか。
当初1時間を予定していた記者会見は2時間を超える長丁場になった。印象的だったのは、性暴力問題に長年関わり続けてきた角田由紀子弁護士の発言だ。角田弁護士は今回の伊藤さんの対応に倫理的な問題があると抗議したうえで、こう切り出した。
「私は80歳を超えた老人ですが、今でも子ども時代に聞かされた言葉を思い出さずにはいられません」
ドキドキした。角田弁護士は日本の性被害事件の裁判を、女性の視点に立って塗り替えてきた偉大な方である。どんな言葉を語るのか……と思っていたのだが、角田弁護士はこう言ったのであった。
「恩を仇で返してはいけない」
え! それ!? と驚きつつその言葉がストンと胸に落ちた。英語が飛び交うFCCJで臆せずに「恩を仇で返してはいけない」など、なかなか言えることではない。そしてそれは、「弁護士に感謝しろ」という意味ではなく、角田弁護士はシンプルに日本語話者のやり方で、倫理を問うたのだった。伊藤さんの闘いに寄り添ってきた西廣陽子弁護士との会話を無断で録音し、事実と違う印象を与える切り取りで作品に使用したことを「恩を仇で返した」と批判したのだ。