
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、映画「Black Box Diaries」を巡る議論と記者会見について。
* * *
伊藤詩織さん監督の映画「Black Box Diaries」を巡る議論が、3月2日の米国アカデミー賞授賞式前に、大きくなりつつある。きっかけは伊藤さんの元代理人弁護士らが、許諾や同意のない映像が使われていることを問題視したことだ。それに対し伊藤さんは「底知れぬ悪意を感じる」と強い言葉で非難し、両者は真っ向から対立していた。
2月20日、伊藤さんの元代理人である弁護士らの記者会見が日本外国特派員協会(FCCJ)で行われた。同日に伊藤さんも会見する予定だったが、直前に「ドクターストップがかかった」という理由で会見自体がキャンセルになってしまった。それでも、事前申し込みしていた国内外の多くの記者たちで会場は埋め尽くされ、立ち見が出るほどだった。
記者会見場には知人のジャーナリストが何人もいた。多くは性被害者としての伊藤さんの闘いを書くことによって支えてきた人たちである。「元気?」などと声をかけながら、私たちは互いに複雑な顔をしていたと思う。前代未聞の事態に直面して誰もが困惑をしており、慎重にならざるを得ず、思考を整理しきれていないのだ。
それでも今回の記者会見で、私自身は新しい気づきや視点の整理ができた。特に、日英バイリンガルとして、「Black Box Diaries」を巡る英語/日本語の報道を分析してきたというライターの蓮実里菜氏の指摘は刺激的だった。
蓮実氏が言うには、日本と英語圏では、映画を巡ってまったく違う「語り」があるというのである。
昨年1月から「Black Box Diaries」は世界57の国と地域の映画祭などで上映され、伊藤さんは数多くのインタビューを受けてきた。そこで伊藤さんは、「日本で上映されない理由」について、「政治的にセンシティブなテーマであること」「日本は性暴力について語る文化がない」など、政治、文化、国民性の問題として語ってきた。たとえばアメリカのメディアに対して「日本では映画を観ていない人が、防犯カメラ使用をプライバシー侵害と言っていますが、私はホテルに約4000USD支払って映像を入手しました」などと語ってもいる。
そのような語りは日本語で語られる「問題」と、ちぐはぐにずれている。ホテルの防犯カメラ映像を使ったことは、プライバシーの問題ではなく、許諾を取ってないことが問題であることが日本語では語られている。また、ホテルに支払った4000USDは映像の使用権ではなく、防犯カメラに映っている第三者にモザイクをかけるためにホテル側が要求した実費だ。何より「日本で公開されない」のは政治的な問題や国民性の問題というのは、事実なのだろうか。