巨人のキャンプ地・宮崎では、「周りに騒がれて練習に没頭できなくなるから、(江川と)同室でないほうがいい」という王貞治の発言も、報道陣の格好のネタになる。これに対し、江川は「僕は直接聞かないことは信じないことにしています」などと答えたが、翌2月2日付のデイリースポーツには「江川“鼻高々”続く」という悪意めいた見出しが躍っていた。

 世間では、強引に自分の意見を押し通すことを「江川る」と当てこすり、「人気のあるもの」を意味する1960年代の流行語「巨人 大鵬 卵焼き」をもじって、当時の子供の嫌いなもの3つを並べた「江川 ピーマン 北の湖」なる造語も生まれた。

 そして、シーズン開幕後、江川が2カ月の出場自粛期間を経て、1軍デビューをはたしてからも、バッシングは続く。

 6月2日の阪神戦、デビュー戦のマウンドに上がった江川に、左翼席の阪神ファンから「くたばれ!」「人間のクズ!」など辛辣なヤジが浴びせられ、巨人にエラーが出ると、「江川が悪い!」の大合唱。さらに江川が3本塁打を浴びて逆転負けすると、「プロの厳しさを思い知ったか!」と気勢を上げた。

 9日後、オールスターファン投票の中間発表で、江川がセ・リーグの投手部門で4位に入ると、6月12日付の大阪日刊スポーツは「強い要望??」と揶揄。江川を皮肉るのは、スポーツ紙だけではなかった。7月14日の中日戦で江川が7回途中降板後、鹿取義隆が逆転打を浴びると、翌日付の朝日新聞は「江川また“中退”」の見出しで報じている。

 その後も「一発病」「手抜き病」などの見出しが定番化し、プロ4年目に肩を痛めてからは「100球肩」と酷評された。

 筆者が学生時代に愛読した“唐獅子”シリーズの著者・小林信彦氏の81年刊行の小説「変人十二面相」(角川文庫)では、アンチ巨人の漫画家と原作者が江川擁護派の編集者をからかって、「江川出てファンも白ける夏の宵」「不自然な江川の微笑に総毛立ち」「手抜きさえ芸のうちさと江川言い」などの川柳を次々に詠むシーンが登場していた。

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世間の大逆風に対し江川が心掛けたこと