女声が響く介護ミステリ

確かに「最初の読者」には違いない。

『C線上のアリア』は湊かなえさんによる、介護をテーマにしたサスペンス・ミステリ。朝日新聞朝刊に昨年4月1日から10月31日まで掲載された。その担当編集者として初稿を拝読したのだが、1回分1000字に満たない分量なのに、毎回のようにヒキがあり、読む手が止まらない。連載前のインタビューで「ライバルは朝の連続テレビ小説」と公言していた通りの作りで、原稿が届くたびに点検作業もそっちのけで読みふけり、「早く次を送ってくださいよ」とひとりごつのが常だった。

 でも、こんなに毎回ヒキを作ったら、一冊の本になったとき、逆に読みにくくはないだろうか……そんな心配は無用だった。連載時からほとんど手が加わっていないにもかかわらず、改めて読み直しても全く手は止まらない。なにより還暦に近い私にとって、介護は他人事ではなかった。

 物語の主人公は五十路を越えたばかりの主婦、美佐。両親を事故で亡くした後に面倒を見てくれた叔母の弥生に認知症の症状が見られると役場から連絡があり、高校時代を過ごした山間の町を久しぶりに訪れる。だが、「みどり屋敷」と呼ばれた瀟洒な家は荒れ果て、玄関前には新聞がバリケードのように積み重なっていた。茫然としながらも片づけを始めた美佐は、厳めしいダイヤル錠のかかった金庫を見つける。中に入っていたのは……。

 まず美佐の年齢設定がいい。モノローグでつづられる高校時代は昭和末期。レコード店にボン・ジョヴィのポスターが貼られ、ベストセラーランキングでは『ノルウェイの森』が1位を続けている。舞台となる町も絶妙だ。都会ではなく、限界集落一直線の田舎でもない。30年余の時を経て、地域に根ざした寿司屋や電器店はなくなったものの、焼きたてパンの店があり、近隣にこじゃれたレストランができている。日本のどこにでもありそうな時の流れのなかで、老いた弥生を施設に入れた美佐は、夫を亡くしながらも麗しく丁寧な暮らしをしていた叔母との生活を懐かしむ。どうやら姑、そして何かと母親の肩を持つ夫との関係がうまくいっていないらしい。

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