ここ数年で間違いなくバブアーの認知度はぐんと上がった。だからこそ、一過性のブームとして消費されるような形にはなってほしくない、と岡さんは強調する。
「品質を落として薄利多売の儲け主義に走るのは絶対あかんと思います。ブランドの理念が大好きなお客さんを裏切るようなことはしないでもらいたいと切に願っています」
念頭にあるのは、さまざまなブランドとコラボで販売される「別注」アイテムの多さだ。同店が取り扱うのはイギリス本国で流通している「インライン」の商品のみだという。どちらが良い、悪いではない、と断った上で岡さんはこう続けた。
「これがほんまもんのメーカーのものやでっていう、バブアー社が100パーセント企画して生産ラインを作って供給しているものをうちは置きたい。そこにはこだわっています」
「売るだけが商売じゃないで」
岡さんが着ているセーターに見覚えがあった。聞くと、2代目の父親の形見だという。スコットランドの老舗ニットブランド「ジャミーソンズ」のシェットランドセーターだ。
「バブアーのワックスコートの下には、こういうウールのセーターを着るのが定番ですよね。これは基本中の基本なので、若いお客さんには『1つ覚えといてね』ぐらいの言い方で説明するようにしています」
防風機能にすぐれるが、防寒機能はダウンなどには劣るのがワックス生地の特徴だ。それぞれの素材や機能を最大限生かすにはバブアーのコートの下は、ウールのセーターという組み合わせが、「本来の着方」と岡さんは話す。
懐かしさがよみがえった。
初めてMA-1を買ったのもリーバイスの501を買ったのも、思い切ってお年玉を全部はたいて、ペンドルトンのウールシャツを買ったのも「MR.BOND」だった。その都度、初代や2代目にメーカーの歴史やアイテムの由来、取り扱い方法、どういう着方がおススメか丁寧に説明してもらい、最後に「いいものを買いましたね。大事に長く使ってください」と言われると、背筋が伸びた。ちょっと無理をして、良いものを買った満足感。初めて買ったストライプのネクタイもボタンダウンのシャツもオーナーおススメの英国製だった。「MR.BOND」に置かれている商品なら間違いない、という確信があった。就職して数年たち、何とかこの仕事でやっていけそうだとほんの少しだけ自信がついたとき、ショーウインドウに飾られていた少し派手なストライプのネクタイを、仕事では絶対に着けられないな、と思いながら買った。それから間もなく、阪神・淡路大震災が起きた。そう言えば30年前の被災地取材でもバブアーのコートを着て、街じゅうをはいずり回った。
そんな思い出を話すと、岡さんはゆっくり頷きながらこう言った。