AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
【写真】手芸品をテーマに人気歌人が紡いだ連作短編小説『フランネルの紐』はこちら
「針と糸と布。その三つさえあればどんな夢もかなう」(「あとがき」から)。ジャンルを超えた活躍を続ける歌人による、オムニバス短編集『フランネルの紐』。刺繍、洋服、羽根枕──人の手から生まれるさまざまな物をめぐって、不思議であたたかな18の物語が紡がれる。小説の最後には短歌が添えられ、作品世界を優しく照らし出す一冊となった。著者の東直子さんに同書にかける思いを聞いた。
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東直子さん(61)は小さな鳥を連れてインタビューの場所にやってきた。東さんが刺繍したクロスステッチの、その小さな鳥が入った額は『フランネルの紐』の最初の作品「光枝さんの指と口笛」に登場している。
「昔から手作業が好きでした。自分が手を動かして作るのも、誰かが手作りしたものを眺めるのも好き。連載を始めるときに『手作業や裁縫に関わるいろいろな文化を具体的に想像しながら、それを支えている人たちへのリスペクトを書きたい』と思っていました」
本書は短歌、小説、エッセイ、児童文学など、さまざまな分野で活躍してきた東さんの連作短編集だ。刺繍や洋裁、編みものはもちろん空想上の手芸品まで、人の手から生まれる愛すべき品々をめぐる小説がまとめられている。
「手作業は主に女性が関わる文化なので、今を生きている女性たちを応援する気持ちも入っています」
収録されているのは18の物語だ。タイトルにはすべて「ライムさんの帽子」「チタン先生の蜘蛛の巣」など、つくり手と作品の名前が入っている。
「身にまとう布や洋服がないと人間は社会生活が送れないし、生きていけませんよね。布は直接そばにいてくれて守ってくれる、一番の味方といえる存在です。誰かの手によって生まれたものが自分を奮い立たせたり、手渡すことで『大丈夫だよ』とエールを送ることもできる。布が気持ちを代弁してくれる気がします」
本書に登場する手作りの品々は、少し不思議なモノたちだ。それらを生み出す女性たちもまた、現実の世界から少しだけ浮遊しているような自由と軽やかさがある。