
それまで春山は郷里の福岡で写真家として生きようとしていた。しかし、この年の3月11日に日本を襲った東日本大震災と東京電力の福島第一原発事故によって、その人生行路は大きく進路を変えていく。「1945年に原爆が2回も落ちた日本で、今度は原発が爆発し、故郷を離れざるを得ない人たちがいる。こんな、とんでもない時代に生きているのに、果たして自分の写真表現が社会にインパクトを与えられるだろうか、と思ったんです」。あの3・11を踏まえて自身も何らかの形で社会に一撃を与えるようなことをやってみたい。しかし、そのツールはもはやカメラではなかった。選んだのは、このころ急速に普及し始めていたスマホ。「電波の届かない山の中でも、GPSを使って自分の位置がわかるような仕組みを作ろう。それによって歩く文化を根付かせたい」。そんな着想を得たのである。
その2年後、ヤマップのアプリをリリースした。あらかじめ地図情報をダウンロードしておくことで、電波のつながらない山中でもGPS機能を使って自身の現在地がわかる仕組みだ。これまでに累計470万ダウンロードを突破。日本の登山人口は500万人なので、山歩き愛好家にとってはヤマップのアプリはすでに必携品、つまり「ディファクト・スタンダード」になっている。
「でも僕は登山アプリのビジネスをやりたいということだけではなく、むしろ『歩く文化』を根付かせたい、それによって都市と自然をつなげていきたいんです」。ヤマップは自らのパーパスに「地球とつながるよろこび。」を掲げる。春山は、人類が豊かになるほど自然環境が損なわれることを人類の不幸ととらえ、都市が発展し地方が廃れることを文化の喪失と考える。経済成長や都会生活をあがめる風潮に対し、自然環境や文化の重視を対置する。世の流れに抗したいのだ。
(文中敬称略)(文・大鹿靖明)
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