スープは比内地鶏、黒豚、黒毛和牛の出汁に乾物、野菜を加えたものを使う(筆者撮影)

■「このラーメンはまだ56点だ」

 そんな時、つけ麺の名店「中華蕎麦 とみ田」の店主・富田治さんが製麺を教えてくれた。作業を覚え、お店で作ってみるものの、それでもなかなか上手くいかない。店は完成しているのになかなかオープンしないので、通り掛かりの人たちにはジロジロ見られていたという。

 ある日、富田さんが「らぁ麺 飯田商店」の店主・飯田将太さんを連れて店に来た。まだ完成していないラーメンを二人に食べてもらうと飯田さんはこう言った。

「正直に言うぞ。このラーメンはまだ56点だ。でも店はもう開けなさい。どんな人でもオープンした時はまだ完成形になってないものなんだ。やりながら自分のラーメンを完成させなさい」

 こうして「麦苗」はオープンした。初日から地元のお客さんが集まり、2日目からはラーメンブロガーの人たちが集まった。ブロガーのレビューには高評価のものが多く、3日目からは行列ができた。

「恐怖でしかなかったです。まだ完成していないラーメンだったので不安だらけでした。ここからはお客さんの評価と自分の満足感とのギャップに悩む日々でしたね」(深谷さん)

 自分の頭で思い描いているラーメンに近づかないジレンマ。少しずつレシピをいじりながら近づけていく。辛い数年間が続いた。

 これといった転機はない。トライアンドエラーの繰り返しで少しずつ味が良くなってきた。口コミは見るたびに心が傷つくので一切見ない。目の前のお客さんの顔色は見るが、自分の思い描いたラーメンを完成させたいという“自己満”の世界でここまで来た。

「うちのラーメンはどんぶりの中の“調和”がテーマです。まんまるに尾がついているオタマジャクシのようなイメージを描いているんですが、おいしさの先にグーッと伸びていく後味がある感じ。キレではなく調和を大事にしています」(深谷さん)

 2017年には『ミシュランガイド東京2018』のビブグルマンを獲得。ここから毎年掲載を続けている。「食べログ」でも常に東京のトップクラスだ。しかし、「麦苗」はメディアにほとんど出てこなかった。今回の取材を受けていただいたのも奇跡といっていい。

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