
保育士になるために必須の技量はピアノ。卒業までに64曲の課題を克服しなければならない。多くの学生とは異なり、63歳で短大通いを始めた元朝日新聞記者・緒方健二氏にピアノの経験はなかった。著書「事件記者 保育士になる」(CCCメディアハウス)から一部抜粋し、多難ながらも微笑ましいキャンパスライフの一端を紹介する。
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ピアノは想像以上の難敵でした。
短大の卒業、すなわち保育士資格と幼稚園教諭免許の取得にはピアノ関連の単位取得が不可欠と、入学前から聞いていました。不安を打ち明けると教員のみなさまは「大丈夫です」と励ましてくださる。いえ、謙遜でもなんでもありません。ピアノをちゃんと教わったことがまったくないのです。
エルトン・ジョンのファンだけど…
四の五の言っていられません。
ピアノ未経験の希望者向けに短大が入学前、オンラインレッスンをしてくれるという。迷わず参加しました。
鍵盤を大きな紙に書いた「紙ピアノ」を事前にもらいました。パソコンの画面越しにまず、ピアノの鍵穴に最も近い白鍵盤が「中央のド」と教わりました。右へ順にレミファソ……、左へシラソファ……と続く。黒鍵盤は半音ですが、しばらく放っておきましょう。
楽譜を見てください。五線譜最上段の「第五線」の上に洋数字がありますね。「1」は右手、左手ともに親指で弾く音です。ほう。
では「5」は? はい、右手、左手の小指です。
知り合いに諸事情で当該指の大半を失った組員がいます。エルトン・ジョンさんの大ファンで、彼の曲をピアノで弾きたいと願っています。どうすればよいでしょうか。という問いは胸にしまって練習に専念しました。
「お家にピアノはありますか?」
紙ピアノレッスンを終えた日、教員に問われました。あるわけがございません。今後、自宅での練習が必須のため電子ピアノでもあった方がよい、とのご指導です。合点承知、すぐさま楽器店に走りました。