小夜子である。読み始めたとき、最も魅力的なこの登場人物は、本書のゴジラなのかなと思っていた。人間の歪んだ欲望による過度な自然への介入によって生まれた巨大生物が暴れまわり、家族も日本もぶっ潰す、みたいな結末を予測していた。しかし、小夜子は暴れない。逆に、たった一人で破滅の危機に立ち向かう。

 考えてみて欲しい。小夜子ほど、「コスパ」と「タイパ」の悪い子どもはいない。とんでもない量の食料が必要だし、めちゃくちゃな速さで成長して老いていくのだから、むしろ時間を有効に使う暇すら与えられていないのだ。「最適化」にいたっては、土いじりをしたらブルドーザーみたいになってしまったり、「いやいや」をしながら親の腕に触れたら体ごとふっとばしてしまうのだから、これほど環境に適応できない子どももいない。

 だが、その小夜子だけが2075年の日本で果たすことのできた役割がある。

「失われた30年」が始まったばかりの1997年に出版された本作を、2024年に読む大きな意義が、そこにあるようにわたしは思った。「この小説に書かれた通りになっている」だけではなく、「これから」への提言として。

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