哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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米大統領選の結果が出て、ドナルド・トランプが圧勝した。これからアメリカはどうなるのだろうか。
バーバラ・F・ウォルターの『アメリカは内戦に向かうのか』(2023年、東洋経済新報社)によると、ポリティ・インデックス(民主化度)という指標がある。完全な民主主義政体を+10、完全な専制政体を−10として21段階で評価する。この指標で+5から−5にスコアされた国は「半民主主義」「部分的民主主義」と呼ばれ、内戦リスクが高まることが統計的には知られている。
米国は2021年1月6日の連邦議会へのトランプ派の乱入時点で、民主化度が+7から+5に下降し、2世紀ぶりに「内戦ゾーン」に入った。
米国では国民的分断がすでに直接的暴力のかたちを採り始めている。極右組織はホイットマー・ミシガン州知事の誘拐と殺害を企てた(未遂に終わり犯人は逮捕された)。ナンシー・ペロシ下院議長(当時)宅を襲撃した男は夫君に重傷を負わせた(終身刑を宣告された)。先日はトランプ自身が、ハリスを支持していたリズ・チェイニー前共和党下院議員を演説の中で「戦争屋」と罵り、「ライフル銃の前に彼女を立たせて銃を向けられた時にどう思うかみてみよう」と発言した。暴力行使を抑制するどころか指嗾(しそう)するような発言が自分の支持者たちを興奮させ、それが政治的勝利につながったという成功体験を持った人物が大統領になった。「道義性」にさしたる価値を見いださない人物を米国の有権者たちは自分たちの統治者に選んだのである。
もちろんこれまでも米国市民は統治者として不適格な人物を繰り返し大統領に選んできた。それでも、アメリカが復元できたのは、仮に大統領が不適格な人物でも、致命的な被害が出ないような惰性の強い統治機構を整備してきたからである。建国の父たちが「統治者には共感よりむしろ猜疑心を向けよ」と繰り返し教えてきたからである。
だが、今日の米国市民たちに建国の原点に立ち還って国民再統合の知恵を求めるのは難しそうである。米国はこれから「漂流」し始めるだろう。我々日本人には見守る以上のことができない。
※AERA 2024年11月18日号