「地元で2人の白人がさらわれたことを知り、主人と父とともに、家族8人で逃げてきました。逃げながら、他にもさらわれる人を見ました。アルカイダは、美しい女性を見つけると、すぐに連れ去っていきます。さらわれることを拒んだため、手首を切り落とされた人もいます」

 マリ北部トンブクトゥ州の南端ニャフンケ近くのサンフォラ村から逃げてきたファルマタ・ボクさんは、声を震わせながら、こう話していた。

 ファルマタさんが言う「白人」とは、ヨーロッパ系の人々に多い、いわゆる白色人種という意味での白人ではない。ファルマタさんの肌は茶色に近く、マリ南部の人々に見られる漆黒の肌と比べれば、相対的には、白い。さらに、サハラ周辺以北のアフリカに暮らす人々の中にはさらに白い肌をもつ人もいる。

 マリに限らずアフリカの人々は、黒い肌と黒くない肌の2通りに人種を大別し、「黒人」「白人」と呼ぶことがある。ファルマタさんが語った白人とは、自分自身を含めた「肌の色が浅黒いマリ人」のことだ。

 あくまで伝え聞いた話ではあるが、マリ北部で武装勢力にさらわれたり、強姦(ごうかん)されたりした女性には、ファルマタさんのような白人女性が多いと聞く。自身の性も肌の色も、隠しようがない。白人が狙われたことが、ファルマタさんを一層おびえさせていた。

 ビアン・ビーユに暮らす人々に、今、何を望むかをたずねると、答えはほぼ重なる。何よりもまず、故郷に戻ること。次に、水と食料。誰もが、生きながらえるための水や食料よりも、故郷へ戻ることを切望していた。

「村に戻り、荒らされた畑を元に戻し、奪われたヤギを探して牧畜を始めたい。そうすれば、再び食べることができるのですが……」

 村に戻って農業と牧畜を再開したくとも、井戸が壊され畑が荒らされ、家畜が奪われてしまっていては再開もままならない。すべてゼロになった状態から元に戻すには金がかかるが、その金はない。戻りたくとも戻れないことのもどかしさを、再び自活を始めようにも、自らの力だけでは再開できないもどかしさを、彼らの話から感じた。

 心に負った傷も深い。

「(北は解放されたと聞くが)まだ信じられません。白人を見ても黒人を見ても、誰が正しい人で誰が正しくない人かが、わからないのです。(同じアフリカの人間が襲ってきたことが)まだ怖いのです。私は、帰りたくありません」

 こう話すファルマタさんの顔に、表情はない。恐ろしさのあまり、彼女は表情を失ってしまっていた。

 この時すでに、トンブクトゥやガオなど、武装勢力に占領された主要都市はマリ政府に奪還されており、避難民が故郷へ戻り始めたとのうわさも耳にしていた。それでも、惨劇を目の当たりにした人々にとっては、すぐに戻りたいと思う場所ではもうないのだ。

 私は、話を聞きメモを取るだけでやっとだった。再び舟に乗り、往路よりもさらに静かに、私とハミドゥはモプチへの帰路についた。

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