このときの訪英に携わった人物の記憶に、強く残った場面がある。
パレードの後、両陛下は無名戦士の墓があるウェストミンスター寺院を訪れた。寺院に到着した両陛下が車から降りると、道を挟んで元捕虜らがズラリと立っていた。あっと思ったこの人物は、急ぎ両陛下に伝えた。
「どうぞ建物にお入りになってください」
だが、天皇陛下は立ち止まって動かない。道を挟み、元捕虜らとじっと向き合っていた。皇后美智子さまも、天皇陛下の傍らに寄り添っていた。わずか数十秒だったが、日本側にとっては緊張で押しつぶされそうになるほどの長い時間だった。
寺院に入った両陛下は、無名戦士の墓に花と祈りを捧げた。
寺院を出発する両陛下に「エンペラー、ノット・カム!」とシュプレヒコールを繰り返した元捕虜の団体だったが、後日談がある。このときに天皇が向かい合ってくれたことで、自分たちの気持ちをわかってくれたと感じたと、メンバーがのちに吐露したという。
言葉を交わさなくても、水が染み入るように、相手に伝わるものがある。
「これが皇室の国際親善か――」
天皇陛下が示した、政治家や外交官とも違うやり方だった。
「英王室とのパイプを持つのは自分」
今回の訪英で、多賀さんは皇室と英王室の距離の変化も感じたという。
皇室とやり取りのあった複数の人物によると、平成の両陛下が訪英した当時は、英王室とは親しく交流をしていても、どこか張り詰めたものがあった。
このときの皇室と英王室との関係について、周囲も思うところがあったのかもしれない。当時の関係者によると、「(より太い)英国とのパイプを持っているのは自分だ」と口にする皇族もいたという。
平成の天皇の訪英に携わった人物は、両陛下とエリザベス女王らとの関係が揺らぐことはなかったが、英国滞在中の両陛下の様子からは緊張感が伝わってきていたと振り返る。