小説家の平野啓一郎さん。美術、音楽にも造詣が深く、幅広いジャンルで批評を執筆している。2023年には構想20年の『三島由紀夫論』を刊行し、小林秀夫賞を受賞した(撮影/品田裕美)

「物言わぬは腹ふくるるわざなり」ではないですが、言いたいことを言いたいほうなんですよね。僕は何だかんだで、SNSはけっこう好きなんだと思いますね。ストレスもありますけど、結局、止めないわけですから。特に政治や社会については「言っておきたい」ことも多々あります。それはどうしてかというと、そもそも小説家というのは社会不適合な人間だと思うんですよね。この世界に満足していて、人生をエンジョイしている人で、小説を書こうなんて人はいないでしょう。僕自身も学生時代、文化祭の準備や体育祭の練習を楽しそうにしているクラスメートを見て、「なんでみんな、あんなに真剣にやれるんだろう」と思っていたような人間でしたから、まあ、そんな経験でもないと、文学になんかのめり込まないでしょう。

――青春時代を楽しめなかったと(笑)。

 でも、小説を読むと僕みたいな人間がたくさん出てくるんですよ。現実に対する不満や居心地の悪さなどを芸術を通して解消しようとすれば、文学や音楽ということになると思いますが、もっと具体的に世界をどうにかしたいと思えば、政治や社会の問題に関わらざるを得ない。根本には生きづらさがあって、それを芸術として表現するか、政治参加のかたちをとるか。やり方の違いに過ぎないのかなと思いますね。

――小説を書くことと、SNSでの発信の根っこは同じだと。

 僕が好きな作家もそうなんですよ。トーマス・マンやドストエフスキー、三島由紀夫、大江健三郎、林京子などは、文学者でありながら、政治にも非常に強い関心を持っていた。そういう文学者の作品と人生に影響を受けてきたというのもあると思います。瀬戸内寂聴さんもそういう方でしたよね。瀬戸内さんの言動に対しても、「作家がそんなことしなくていいのに」とはまったく思わず、偉いなと尊敬していました。

――日本では、文学者、ミュージシャンなどが政治的な発言をすることを避ける傾向があると思います。そのことについてはどう感じていますか?

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「今の作家は死んだら忘れられる」