辻村:そのかわり、4話で小野里さんが架に言った「何をいまさら」みたいな普通のセリフが、ものすごく漫画マンガ版では重く響く。真実の両親についてもそうなのですが、原作ではセリフで表現していた“圧”を、鶴谷さんはちょっとした背景、描写の積み重ねで表現されている。家族の外からやってきた架に対してどんなもてなしをするのか、何を飾って、何を他者に見せようとしているのかが、言葉にせずとも伝わってくるんです。
鶴谷:確かに、そうやって絵で補っている部分が大きいからこそ、セリフを全部入れようとすると、情報過多になってしまうのかもしれません。ちなみに小野里さんの家の応接間は、どことなくゴテゴテしているように描きました。夫が議員であることは彼女のキャラクターを表す重要な部分だから、玄関には選挙ポスターを貼っておくとか。真実の実家は、全体的に素敵そうでどこか野暮ったい感じにしたかったんですよね。
辻村:真実の両親が、架にすき焼きをふるまっているところが私は好きでした。娘が失踪したという状況でも、お客様が来たときはすき焼きを出すんだなあと、そういう些細な描写に、彼らの価値観というか生きてきた文化が、そういう細かなところに立ち現れていて。
「結婚相手としては70点」という評価が表すもの
辻村:原作では書いていないけれど「きっとそうなんだろう」と強く印象づけられる描かれ方に、私は読むたび、感動しています。1話で、架の会社の人が真実のことを「すごいおとなしい人らしいですよ」って噂しているシーンも大好きです。決して地味とは言わず、一見褒めているような雰囲気なのに、どこかジャッジするようなまなざしがある。きっと真実が聞いたら反発心を抱くだろうけれど、何がいやなのか言語化することはできないんだろうなと想像できる、絶妙な言葉選びですよね。
このあとに、架と大学時代からの女友達との会話で出てくる「結婚相手としては70点」という評価が待っているんだなと思うと、何とも言えない気持ちになります。第1話で「すごいおとなしい人らしいですよ」と言われていたことも、70点という評価を際立たせていて、じわじわと予感を積み重ねていく描写に、さすが鶴谷さん!と感動しました。