AERA 2024年9月9日号より

 しかし、夫婦ともにフルタイムになると、家事・育児をめぐる口論が増えた。長男の保育時間は延び、家では時間に追われて、せかす→ぐずる→叱る→カオスの悪循環が頻発した。

 だから第2子の妊娠がわかった際、長男のケアも考え、夫婦で長期育休を取ることに迷いはなかった。1度目の育休からの3年間で制度も進歩した。企業には、育休対象者への意向確認が義務づけられ、出産直後に父親が取れる「産後パパ育休」も新設。私も活用した。

 私自身の変化も大きい。家事能力が上がって、あうんの呼吸で妻とタスクを分担できるようになると、イライラは減った。日々の「暮らし」を大切にする心性が育まれ、むやみな残業は一切しなくなった。

 考え続けてきたのは「時間」のことだ。仕事に捧げる時間と子どもに接する時間は、いつも綱引きをしていた。

男性から変化する

 私が時短中に読んだ『タイムバインド』(ちくま学芸文庫)という本がある。米国の社会学者A・R・ホックシールドが、福利厚生を誇る大企業を調査した名著。彼女は、社員が直面する仕事と家事・育児とのせめぎ合いを「時間の政治」と呼んだ。

「近年、時間の政治はほとんど完全に個人化されてきた。巨大な公共的問題も、私たちが個人的に家庭で解決しなければならないものとみなされている……仕事が要求する時間は動かしがたいのに対し、家庭が要求する時間は自由に動かせるものだと思われがちだ」

 この「時間の政治」に向き合う一つの方途が、男性育休だと私は思う。賃労働を離れ、家事や育児に尽くす時間を通して、「男は仕事・女は家庭」という固定観念をリセットし、ケア労働に対する価値の切り下げや、長時間勤務といった公共的問題を見つめ直すこと。そうして男性が変化することから、女性にとって働きやすい社会は見えてくるはずだ。

 今の日本社会で、男性が遠慮なく長期育休を取れる職場は、少数かもしれない。だからこそ取得できる男性が一人でも多く育休を「権利」として行使し、当たり前の営みにしていく必要がある。そのために私は、恥も多い自分の育休経験を、ここで語らせてもらった。

(朝日新聞記者・玉置太郎)

AERA 2024年9月9日号より抜粋

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玉置太郎

玉置太郎

玉置太郎 (たまき・たろう) 1983年、大阪生まれ。2006年に朝日新聞の記者になり、島根、京都での勤務を経て、11年から大阪社会部に所属。日本で暮らす移民との共生をテーマに、取材を続けてきた。17年から2年間休職し、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で移民と公共政策についての修士課程を修了。

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