生産性を上げるには、分業が基本だといわれる。作業を細分化し、一人ひとりの専門性を高める。しかし、これが行きすぎるととんでもないことになる、と『サイロ・エフェクト』は警告する。著者のジリアン・テットが「朝日新聞」土曜日の別刷り「be」に登場して以来、注目を集めている本だ。
 著者は英「フィナンシャル・タイムズ」紙のアメリカ版編集長。イギリスを代表する経済ジャーナリストだ。東京支局長を務めたこともある。
 大学院では文化人類学を専攻し、タジキスタンの山奥でフィールドワークもしたという異色の経歴。だが、文化人類学者だからこそ見えるものがある。それがサイロ・エフェクトだ。
 サイロとは牧草などを貯蔵する倉庫。ぼくの故郷、北海道の郊外ではよく見かける。コンクリート・ブロックを積んだ円筒形のものが多い。書名を意訳するなら「たこつぼ化現象」か。
 高度に専門化された人びと、つまりサイロの中にいる人には、全体が見えない。隣のサイロの中で何が行われているかもわからない。そのため、サイロ間でむだや矛盾が生じ、組織全体の混乱や危機を招いてしまう。
 本書では実例としてソニーのたこつぼ化が挙げられている。ソニーは同じような携帯デジタル音響機器を同時期に3種類も発表してしまった。他部門が何をやっているのか知らず、類似品を開発していたのだ。経営者にはそれを調整する能力もセンスもなかった。「ウォークマンをつくったソニーが、なぜiPodをつくれなかったのか」はよく立てられる問いだが、たこつぼ化が元凶だ。
 たこつぼ化を避けるためには、文化人類学者のような目を持つことが必要だ。インサイダー兼アウトサイダーであること。その実践例として、フェイスブックやオハイオ州の大病院のシステムが紹介されている。要は経営者のセンスと教養の問題かもしれない。

週刊朝日 2016年4月8日号